パラグラフ26 / naname

ベルトコンベアから流れてくる魚たちを次々と拾い上げ、錫でできた小さなヘラで一対の目玉をくりぬき、目玉だけを次のラインに乗せる。他の部位は不要なので足元に置いた番重に捨てる。すぐに一杯になるので勝手の分かった従業員がどこかへ運んでいき、いつの間にか空の番重が用意されている。

スズキ、タラ、ヒラメ、マグロ、アイナメ、イカ、ホシササノハベラ、アカササノハベラ、リュウグウノツカイ、サヨリ、キンメダイ、またヒラメ、シャコガイ(目の無いものはそのまま捨てる)、タコ、サワラ、またヒラメ、イソカサゴ——それらを小さなヘラ一つでやりくりするには結構なお手並みが必要だと思うのだが、文句の言う先も知らず、初日からこの場を一歩も離れずに黙々と目玉をくりぬいている。離れたところで戸惑うだけだ。

くりぬいた目玉はブラシ付きの洗浄機へと吸い込まれ、密閉された工場内に響き渡る摩擦音とともに次の工程へと流れていく。その先で何が行われるのか。発生する945円の時給が成果物の存在を暗に示している。

掃除の仕方を教えない割には不手際を責め立てる有象無象に追い立てられるようにして工場を転がり出たのは定時の30分前のこと。拘束9時間の立ち仕事に悲鳴を上げる腰と背中は痛覚を発するために存在し、それらを引きずりたどり着いたバス停は一時間先の到着時刻を告げている。

徒歩30分ほどの駅への道のりを歩き始めた当初に見えたのは先程まで海鮮の生臭さと戦ってきた建物と同じような工場、でなければ倉庫。フォークリフトがパレットの上に積み込まれた青果をトラックのコンテナの中に積み上げるか荷下ろすかしている。別の敷地ではラップにぐるぐる巻きにされた段ボールの山が建物の中に運ばれていく。そこを抜けると畑と一軒家がぽつりぽつりと現れ始める。

車道を挟んだ向こう側にはランチタイム1080円でライスと餃子がついてくるとんこつラーメン屋の看板が、オレンジ色したブリキ波板の壁の手前に刺さっている。冬毛のイイズナの色をしたスープに細麺が絡み合う。麺の製造には厳選された山梨の清流を使用しており、現地に行くとチョボチョボと音を鳴らしながら流れる清水が「アナタマワリカラナンテヨバレテルカシッテル?」と囁きかけてくるのを聞くことができる。

左右を見回しても横断歩道らしいものは見つからず、消失点までまっすぐな道路が続く。車両の流れは絶え間なく、時間当たり5,000,000台が右に左に流れていき、とても渡れる隙などなさそうだ。通り過ぎるのは特別学級のスクールバス、赤のシビック、緑の覆いを張った軽トラック、キャラバン、霊柩車、土砂運搬の10tトラック、YAMAHAのバイク、介護施設への送迎バス、ワゴン。比べてこの両足は短く、歩幅は狭く、動きは遅い。

橋に差し掛かったときに思い出した猛烈な尿意に突き動かされ、川べりの土手へと疾走する。端の陰に隠れてチャックを下ろし、3時間分の真心のこもった小便が緩やかな放物線を描きながら水面を少しだけ夕焼けの色に染める。高度を下げた太陽の散乱された光、でなければ白熱の電球の暖かな暖色。生まれたことへの感謝のような温かみのある放尿——突然のくしゃみが両手のふさがれた中で行われ、飛沫と鼻水が顎から胸のシャツにへばりつく。くしゃみの反動によって背中と腰の筋肉が共鳴し、痛覚神経がセッションを始める。冬を越えた木々たちの壮大な射精が通り過ぎる鼻腔という鼻腔の粘膜を発情させながら吹きすさぶ。

上流からは見る目を失った魚たちが横倒しになり浮きながら、あるものは川床に沈みながら凄まじい臭いと共に下流へと殺到する。魚たちの目は防腐加工をされて、蛍光灯の中や排水溝の奥、受話器の中や使わないコンセント穴の隙間、シャワーヘッドの中、街路灯、生垣の隙間、琥珀の中、ヘリコプターの底部、人工衛星、灯台、月のクレーターの最奥部に取り付けられ

スクリーンに映し出されるそれらの光景をたった一人の観客が眺めている。見つめきれない本当の形を、砕け散ったガラス細工が加工できるようになるまで溶かし、再び形作っていくように再構成されたそれらは、しかし元の形が分からず、繰り返すたびに意味は分散され、かつてあった形は残らず放棄される。収集のつかなくなったそれら、それらってなんだっけと思うくらい遠くなったそれらを大事に抱えて、愛すべきパラノイアと——自分自身と暮らしていく。

ほらご覧、川の上にせり出した桜の木から剥がれた花弁が一匹の魚の鱗の上に張り付いて——