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終○手記 #1

計画背景


心から言えることは “生きていて良かった” という事だろう

かねてより計画していた某県の山海旅行は至極順調に遂行されていた。
前日までは決めかねていたことがいくつかあるが、
その一つが交通手段だ。

なにぶん行き当たりばったりな性分と、情動で刹那を計画する性格だ。
互いの考えは山岳の水蒸気のように、曖昧に重なっていた。

直前になって、自家用の軽自動車で臨んだ方が
コスパがいいことに気がついた。
恥を抑えて、計画の初動を浮ついた雲から固めていった。

浮ついていたのはなにも計画だけでは無く、また今に始まった事じゃない。

明確に知覚したのは一週間程前、
時間は一日中あり仕事や頼まれ事は山程あるような
そんな休日が点々と断続している最中だった。

何もやる気が起きない

いやなにも、期待や興奮がせっついただけではない。
重ねて恥ずかしながら楽しみが優先されて、
寝付けない騒がしさを抑えられなかったのは事実だ。

だがだからこそ、断じてそれだけではない。
それだけでは無かったのだ。

きっと今だから紡げるこの話を。
この予感を。
この視点を。

どうか聞いてほしい。
追憶してほしい。
考えてほしい。

伝えたいのだ。
伝えなければならないのだ。

どしゃぶりの富岳を超えた先、トンネルを抜けた時に訪れた
あの太陽と大海を。
美しき雲間と山陽を。


高速を降りて山道へと深く入っていく程、
生い茂る初夏の緑が煌々と輝いていた。
先程まで軽く降っていた小雨は
あわやというところで木々の誘いに
なりを潜めた。

装甲の薄い事で有名なダイハツのボックスカーは
その見事なまでのフレームの細さを遺憾なく発揮し、
四方の景観から覆い尽くさんばかりの木々が
まるで劇場さながらに襲い掛かってくるようだ。

なにせ6時間以上の旅路だ。
当然、疲れもでるだろう。
車内では、その時々の気分に合わせたBPMの音楽が
スピーカーから流れていた。
初めての道や高速で緊張が身体を満たし、
手汗と凝り肩まった背中に随分と苦心していた。

予定では5時間程だったが “旅の醍醐味は寄り道の地産地消” と唱え
道ゆくSAや道の駅に懐を萎ませていたのだ。
旅の恥はかき捨てとばかりに
好奇心のまま瞳を爛々と輝かせ、
夢中になって特産を貪った故に
少々移動に多く時間を費やした。

なかでも気に入ったのは
地元の名産である果実の飲料、
そして地元の鹿などのジャーキーだ。

不肖ながら、私は珍しい食材に目がない。
山の林道中間地点、観光施設の幟旗に
大きく宣伝された特産の情報が
あとになっても直ぐ引き出せる程である。

まさに絶品というべき味の娯楽達に
“自身が情報を食べているだけなのでは”
という都会地域特有の雑念的な自己猜疑は
すぐに取っ払われてしまった。

こんなにも気軽に、安価に食に没頭できる。

それに感謝し感動を覚えるのは
至極真っ当だろう。
先人達、職人達に憶える
畏敬の念が収まらない。
整備された山道はそのコンクリートの支えで
自然を娯楽に、雄大な景観に変換していた。

そんな私の独り言を聞いて
カーステのナビは不貞腐れたかのように
みちなり
とだけ表示して
すっかり鳴りを潜めてしまった。


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