再訪、静かなる丘『SILENT HILL 2』
手紙が来た。妻からの手紙だ。思い出の場所で待っていると。あなたのことを待っていると。
いつかまた二人で行く約束をしておきながらそれを果たせず別れを遂げた妻から。
3年前に病気で死んだメアリーから。
こんなおかしな話はない。妻はもういないのだ。
それでも私は会いに来た。
妻に、メアリーに会うために。
思い出の地、サイレントヒルへ。
というオープニングから始まる『サイレントヒル2』。2001年に発売されたホラーアドベンチャーゲームで、IGN本家が選ぶ「最も怖いホラーゲーム」では2017年に1位を獲得し、名作として名高い作品だ。今回私がプレイしたのはそのリメイク版で、物語の内容はそのままに、最新ハードへ合わせてグラフィックや戦闘モーションなど各所に変更がほどこされている。
主人公は29歳の白人男性、ジェイムス。
かつて夫婦で訪れた静養地であるサイレントヒルだが、いまは常に霧につつまれており、建物の中は暗く、鉄錆にまみれ、人を見かけることはほとんど無い。その上、そこら中を異形の怪物たちが徘徊している有り様だ。
静寂と狂気。
サイレントヒルをつつみこむ異様な雰囲気はこの地を彷徨うこととなるプレイヤーをじわじわと恐怖で覆っていき、鉄と錆だらけの風景は見ているだけで不安な気持ちにさせられる。ほとんどの場面においてジェイムスは孤独そのもので、たった独りさびれた街を歩き回る姿はプレイヤーからしても異様。そしてその異様さはどこか切実でもあり、彼と気持ちを重ね合わせながら話を進めることで、この街とジェイムス自身の過去を私たちは知ることとなる。
ホラーを表現する際によく精神的恐怖という言葉が使われるが、このゲームほどそれを体現した作品を私は知らない。これはゲームという能動的なメディアだから成し得る親和的な体験かもしれない。
本作では、なぜ異形の者たちが存在するのか、なぜジェイムスのことを襲ってくるのか、なぜそのような醜悪な見た目をしているのか、と言った部分にそれぞれ理由があり、物語が進行することで「体験」としてプレイヤーはその意味を理解していく。
きっとプレイヤーは感じることだろう。極めて強い不快感を。痛みを感じるほどの寂しさを。目も耳も覆いたくなるような嫌悪感を。そしてそこで生じたその感情はこのゲームの本質である哀しみを、あるいは喪失感を伝える役割を果たしている。
つまりこのゲームは、プレイヤー自らが狂気の世界を歩き回ることで、能動的に動き回ることで、サイレントヒルという場所の特異性と、ジェイムスという人物の心の動きを追体験する仕組みを取っているのだ。
主人公であるジェイムスは一般的なゲームのヒーロー像とは異なり、有り体に言えばひ弱である。角材や鉄パイプを振り回す姿は戦いに不慣れな印象を与え、銃を構えても手ぶれは大きく、攻撃を受ければ割と簡単に瀕死の状態となってしまう。なんせ戦いにおいては素人なので1対1の状況でも心許ないのに多数になったり視界が悪かったりすればコテンパンにされることはほとんど避けられない(プレイヤーの腕次第ではあるが)。
このため、本作は探索において慎重にならざるを得ず、少し先に進むだけでも闇に足を踏み入れる感覚があり、敵の到来を知らせてくれるラジオの音も事前に危険を知らせてくれるのと同時に、「先に進むのが恐い」という恐怖の引き金となる。
街の中はさびれていて、自分以外の誰かと出会うことはほとんど無い。まるで世界そのものが廃墟となり、自分だけが取り残された状況に感じられ、神秘性さえ覚えるほどだ。
また、ゲーム中たびたび訪れることとなる「裏世界」と言われる場所は、「表」とは似て非なる場所となっている。建物の位置関係や内部の構造こそ同じだが、そのすべては朽ち果て、見捨てられ、何人たりとも正気のままでは生きてはいけぬ狂気そのものを具現化したような異世界。あまりに異様なその情景を見て美しいとすら私は感じてしまった。
ミニマルな風景音は謎解きやアクションの多いゲーム進行を邪魔することなく情感を刺激する。メインテーマとなる『Promise』の儚げな旋律は聴いていると寂しさが込み上げてきて実に良い。
何と言っても敵のデザインが素晴らしく、レッドピラミッティング(通称:三角頭)の恐ろしさ&かっこよさはリメイク版でも健在だ。奴が大鉈を引きずりながらじわじわ距離を詰めてくる様子は最高にスリリングで、クリーチャー好きには眼福も眼福。バブルヘッドナースのキモい動きと妙なセクシーさとか、敵の「見た目」でそそられる部分が多い。
そんな具合で、サイレントヒルの街へ深く侵入すればするほどやっかいな敵は増え、上手い立ち回りを求められることとなる。
警戒心は徐々に高まり、何でもない場所でもクリーチャーが潜んでいないかどうかを見て回るようになる。そんなプレイヤーの心理を先読みするかのように、鏡やガラス、ただのマネキンがやたらと多く配置されているので、ちょっと動いたものが見えただけでひどく怯え、自分の影にさえ思わず声を出しそうになる。
ここは、静寂と狂気で覆われた街なのだ。
とはいえ、そういったストレス値の高い場面ばかりで出来上がっているわけではない。合間合間に挿まれるほとんど敵が登場しない街での散策や、黄昏時の光を受けて金色に染まる建物内部。そういった安心するシークエンスが用意されており、危険地帯と安全地帯のバランスが上手いため、これほどストレスを感じる場面が多いのに、フッと心が洗われる瞬間が確かにあり、落ち着いてくると血や錆にさえ哀愁にも似た切ない気持ちが湧く。
ジェイムスが敵を倒した際、毎度のように「とどめ」をさす必要があるのも特徴的で、そうしておかないとクリーチャーたちはしつこく復活し再び彼を襲ってくる。とどめの際にジェイムスのあげる苦痛と不快に満ちた声は印象的だ。呻くように、叫ぶようにあげるその声には彼にとっての「苦悩」がにじみ出ているようだった。
ライトのわずかな光を頼りにしながら街やホテルを歩き回り、かつてメアリーとともに訪れたこの地のことを思い出していく中で、ジェイムスは何度も深い地の底へと落ちていく。
ストーリーの要所要所で現れる「穴」。大鉈を振り回し追いかけてくる三角頭。街の中を自由に歩き回れるローラという女の子。起こる事象のそれぞれは、街を覆う霧のように謎につつまれたものばかりだが、ストーリーと世界観は無駄なく綺麗に繋がっており、ラストへと近づくにつれてやるせない気持ちになった。
快感を排除し、敵(と見なされる存在)を排除することにさえ苦痛を覚えさせる演出は精神的恐怖という名にふさわしく、室内の暗さや異形の敵と言ったビジュアル面以上に、言い様のない哀しみが胸を覆う。
そんな、痛みに満ちたゲーム。自らがジェイムスとしてサイレントヒルを動き回ることで、ゆっくりとメアリーとの記憶に向き合い、この地の神秘性を知る物語。
サイレントヒル。静かなる聖域。リメイクされ、再び訪れたその地の風景は、以前よりもずっと鮮明で、ずっと美しく、かつて感じた疼きは間違いなく受け継がれており、ひどく胸をかきむしりたいような、そんな気持ちに襲われた。
おまけ
落書き。陰鬱だし途中でバグに遭遇したりもしましたが、三角頭様がかっこいいので傘籤的には満点のゲームでした。というわけでそろそろnoteを再開します。