言葉の呪縛
ボードゲームが好きなかさじぞうと申します。
とは言っても、実戦してるのは将棋と連珠(競技五目並べ)だけ。
好きだから。
好きすぎて空いてる時間をそれらに使うあまり、廃人の仲間入りしたらしいです。
それでもなかなか強くならなくて、でも強くなりたくて無我夢中でやってきたのにとうとう打つのも指すのもできなくなりました。
イップスか!?
(スポーツじゃない)
気分転換が必要か!?
…など色々考えて本やネットの海に飛び込む日々。
親しい方々には、楽しみなよとアドバイスをいただくも全く楽しめなくなってしまって罪悪感に囚われて悪循環。
ただ、連珠の事を知りたい。将棋を知りたい。という気持ちは根底に残っていたようで、その時に出来るもの(詰め将棋や詰め連珠、動画観賞、棋譜並べ)をしていました。
この状態を私は「負けず嫌いの性格が災いしてる」からと分析。
何でかというと…
将棋はもう3年以上昇級が無く10級です。連珠は初段ですが、五目クエストの認定で昇段しただけです。大会で優勝した事とかはありません。例会でも、勝率は2割ほどだと思います。
なので、これだけ負けてたら気持ち切れることあるよね〜…くらいに考えてました。
ある時、恐る恐る久しぶりに五目クエストの対局をしてみました。
勝敗はともかく、表示された観戦者数にビクッとしてしまい対局終えた後すぐに止めました。
ビクッとした瞬間に頭に過った言葉。
「こんな手ありえない」
将棋の感想戦で何度言われたか分からない言葉。
きっとお強い方々からしたら、ありえないんでしょう。私ももし将来少しでも強くなれたら、ありえないと思うかもしれません。
でも、指した時の私にはちゃんと理由があって指してるんだけどな…
と毎回傷ついてました。
私の中でこの言葉は澱のように溜まっていて、とうとう隠しきれなくなったようです。
対局を観られると、皆が笑ってる、批判しているのではないかと怖くなってしまい対局できなくなりました。
大会とかに出てるじゃんと思われるかもしれないですが、女性級位者の大会に出るようにしています。
女性との感想戦でそういう言葉は出てくるのは、稀なので。
逃げてるでしょ、と言われたら逃げてます(キッパリ)
そんな引きこもり状態の私に刺さった出来事が、連珠A級リーグ。
岡部九段の優勝、名人戦挑戦決定でした。
岡部九段と言えば、私からすると連珠を代表するレジェンド(ご本人がどう仰有るかは不明ですが…)。
ユースチャンピオンの経歴や他にも数多の活躍&普及の八面六臂の大活躍。
そんな岡部九段が、15年ぶり(!)2回目(!)の名人戦挑戦を決めました。
誰よりも強くて何でも知ってる岡部九段から、2回目の挑戦があることを信じられなくなっていた…というのを見て受ける衝撃…
いや…確かに負けたりもしてたけどさ。
名人戦挑戦なくても他にも活躍してるし、知識豊富で強い。
何よりも簡単に負けない連珠を打つことに、1素人の私は尊敬の念を抱いていたのです。
その岡部九段が信じられなくなっていたことなんてあるんだ!
それを乗り越えての名人戦挑戦!!
まじか!(語彙力無)
今まで、倦まず弛まず研鑽してきたからだろうなぁ。
そういえば私の尊敬する師匠(現名人)も、名人になろうが負けようが感想戦で食らいついて誰よりも長く検討してるイメージ(尊い)
皆様、強いなぁ…
こわくないんだなぁ。
でもよくよく考えると、感想戦や検討は強くなるためには良い勉強の1つだよね。
結果的に悪手だとしてもそれはその時に理由があるわけだし、だから感想戦で見直して強くなっていくんだよね。
と思ってるうちに、五目クエストをポチッ。
まだ少し怖いけど、理由がある手を打ったり指したりしているのならば胸張って対局しても良いんじゃないのかなぁと思い始めました。
上手く感想戦できるようになりたいな。