【小説】神社の娘(第46話 橘平と桜と向日葵、アニメを観る)
八神の山で見つけた小さな鳥居。そこにはお伝えさまの神紋があった。
向日葵と葵に今すぐ見てもらいたい桜は、橘平、優真と解散してからすぐ、二人にメッセージを送った。
しかし土曜は向日葵が出勤、日曜は葵が出勤でなかなか二人がそろわない。
加えて次の土日は桜まつりである。
来週は桜も葵もその練習で忙しい、学校は新学期が始まってしまう――ということで、桜まつりが終わってから、ということになった。
そうした中やってきた、春休み最後の日曜日こと、よっしーの解説付きアニメ鑑賞会の日がやって来た。会場は前回と同じく優真の家。一番にやって来た橘平は、優真と雑談しながら大四家の庭で他の参加者を待っていた。そこへ、真っピンクでフロントに大きなヒマワリ柄のキラキラステッカーが貼られている軽自動車が現れた。
「あああああああ……!!」
優真は目を見開き、震えるハートを声として絞り出した。
軽自動車から降りてきたのはもちろん、桜と向日葵。桜はパフスリーブのオフホワイトのジャガードブラウス、薄ピンクのチュールスカートと、いつも通りのナチュラル系の可愛らしい装い。向日葵は蛍光黄緑のパンツに襟が特徴的な真っ白シャツ、大き目のゴールドトライアングルピアス、手首にじゃらじゃらと着けたゴールドアクセサリーと、反射がまぶしいファッションだった。
憧れの人が来ることを知らされていなかった優真は、憧れの人を前にして、声が出なかった。心の中で「向日葵さんがうちに来た?! 夢か幻? え、僕の部屋に入る、ってコト?! 向日葵さんが僕の部屋の空気を吸い、僕の部屋で座ってアニメを……?? あああもっと掃除をしておけば!!」忙しく動揺する。
優真は手が震えて、目がかぴかぴになるほどまばたきを忘れている。立つのもやっとなほど、足の神経も不確かだった。
向日葵は「ゆーま君、今日はありがとねっ」と彼の手を取った。
優真は呼吸を忘れた。彼女の手が離れ呼吸を思い出した優真は、橘平に耳打ちした。
「ありがとう橘平くん。君と友達になれて初めて良かったと思っているよ。君は最高の親友だ、いや心の友だ。これからもよろしく」と早口で言い、背中をぽんぽん叩く。
「……」
幼少より仲良しの優真に、「君と友達になれて初めて良かった」と言われた。「君は最高の親友だ、いや心の友だ」とも言われた。本来なら嬉しい言葉を、これまでの友情や助け合いの歴史ではなく、向日葵と知り合いであることが引き出した。橘平は微妙な心境に陥る。
最後にやってきたよっしーも、ゲストのことは聞いていなかったので多少は驚いていた。彼も桜のことは知らなかったが、向日葵には「おお、二宮のミスブロンドがなぜこちらに」と反応していた。しかし優真のような衝撃を受けることなく、「こんな麗しい参加者たちもいたとは。解説にも力が入りますな。今日はよろしくお願いいたします」と、気さくにゲストたちと握手を交わしていた。その姿は高校生というよりも、総理大臣が各国首脳と握手を交わす場面を思わせた。
よっしーが自然に憧れの人と握手するのを見た優真は、羨ましく妬ましく。仲良しの友人を積年の恨みを持つ敵のように睨んでいた。橘平は友人がほどほどに面倒な奴だとは知っていたが、女子二人を呼んでよかったのか不安になった。彼女たちに不快な思いをさせないよう、神経を張り巡らせる。
早速、五人は二階の優真の部屋に上がり、部屋の扉近くに優真、その隣によっしー、向日葵、桜、橘平の順で半円にカーペットに座った。どの順番で座れば女子組を守れるか。橘平が答えを出す間もなくそれぞれ席に着いてしまったけれど、意外にも、二人の顔が見え、優真の様子も観察できる位置になり、まずはほっとした。
橘平の警戒心なぞ知る由もなく、優真は向日葵が座った場所をのちほどテープで囲い、聖域とすることを固く心に決めていた。
そして優真がテレビをつけ、アニメの画面を表示する。間を置かずに、よっしーの語りが始まった。
「さて、第2期はなにもかもが上手く行ったと思われたヨハネスたちが、どん底に突き落され、叩きのめされるところから始まるわけですが」
「前回かなり注意したけど、軽くネタバレしないでくれると助かるな」
「おっと、失敬。あ、このオープニング映像は……」
アニメ開始とともに、よっしーの流暢な解説が随時加えられていく。向日葵はそれに聞き入り、桜もなるほど~と興味深そうだった。
友人たちよりもしっかり聞くオーディエンスを獲得したよっしーはより饒舌になり、「活弁か。っていうかネタバレやめて」と所々、優真から強めに突っ込まれていた。
ハラハラドキドキしながら5話視聴したところで、小休憩をとることとした。お供は、向日葵作のドライフルーツ入りパウンドケーキ。鑑賞会メンバー分だけでなく大四家分も焼いており、向日葵は家に上がってすぐに優真の家族に渡した。
「はー! 美味しいです美味しいです! 向日葵さん、めちゃくちゃ美味しいです! こんなに美味しいケーキは初めてです!! 素晴らしい!!」
優真は大粒の涙を流しながらパウンドケーキをほおばり、よっしーに白い目で見られている。
桜は彼をあまり見ないようにし、橘平と話しながら食べている。
橘平は桜と話しながらも、奴が向日葵に失礼を働かないか心中はそわそわしていた。
「やっだー、もう、お世辞がうまいのねっ!もっとたべなさーい!」
優真は飲み込むのが惜しく、口内からケーキが消えるまで味わっていた。まさか、向日葵の手作りスイーツが自身の内臓に収納される日がくるとは考えたこともなく、これを体から出さない方法はあるのだろうかと真面目に悩む。向日葵の愛情が体の一部になったような心持で、優真は今日の夢に、彼女が出てきそうな予感がした。
「いやあ、お世辞なしに美味ですよ、向日葵殿。うん、美味」
橘平と桜も「美味しい美味しい」ともぐもぐ食む。気を良くした向日葵は、四人の頭を二人ずつ良い子良い子していった。
優真は今日、髪を洗わないと決めた。
後半戦の視聴が再開されると、「ここからがまた悲劇の連続であり」「ネタバレするなって約束したよね?」の言葉通りの辛い戦いや裏切り、友情の崩壊、結ばれそうで結ばれないのオンパレードだった。
みなハラハラドキドキ、そして軽く涙が……の中、向日葵は一人、海を作るほどの大号泣をしていた。