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誰にも気づかれない仕事をしたら

私の読書の楽しみは、本筋やテーマよりも、ごく一部の印象に残った一節やエピソードについて考察したり、派生して思い出した過去の出来事にひたったりすることにあるようだ。読んだ本のあらすじを忘れてしまうことも多いし、主人公の名前を思い出せないときすらある。

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『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』を読んだ。表題作の『掃除婦のための手引き書』の中に、

家政婦の心得として、

手抜きしない掃除婦だと思わせること。初日は、家具をぜんぶまちがって戻す— 五インチ、十インチずらして置く、あるいは向きを逆にする。埃を払ったあとは、シャム猫を背中あわせに置く、ミルクピッチャーを砂糖の左に置く。歯ブラシを全部でたらめに並びかえる。

そのくだりを読んで、私はスタンドインモデルをつとめたときのことを思い出した。
「スタンドインとはCMや広告撮影において、タレントやモデルの代わりに、照明や立ち位置のチェックのために立つモデル」
なのだそう。その役割を引き受けるにあたって知った言葉である。普段の私には縁のないその役割を、ちょっとしたきっかけで引き受けることになった。

現場に行ってみると、こんなに多くの人が関わって撮影するんだなあ、と驚いたし、私の日常では見かけたことのない機材やスタジオの様子なんかも物珍しく、今回限りの経験としては、悪くないかもしれない、と思った。

不慣れながらにも、私の役割が終わり、椅子に座って待機していると、スタジオ全体がざわざわし始めた。タレントさんが入場してきたのだ。一同総勢立ち上がる。たったひとりに向かって、大勢が起立するその光景は、まるで王と家来みたいだ。あ、家来は起立でなくて、ひれ伏すのか。
などと考えながら、観察していると私は立つタイミングをなんとなく逃して、すみの方で座ったままボーッとその光景を眺めていた。誰からも何も言われなかった。

撮影の合間に、タレントさんが、タバコに火をつけたとき、瞬時に数人が灰皿を持って、だだーっとタレントさんに駆け寄った。
そのときに感じた違和感と衝撃。
最初から灰皿を用意しておけばいいのになあ、と率直に思った。メディアや芸能界から遠い場所にいる私でさえも、この方が喫煙者だということは知っている。

そのあとに、「ああ、このひとたちは、あえて、最初から用意しない道を選んだのだ。我先にと灰皿を持って駆けつけるところを見せることに意味があるのだ」と、気づいた。

誰も見ていないところで、そっと灰皿を用意しておいたところで、感謝されたり評価されることはないのだ。

掃除婦も、初日から、隅から隅まで丁寧に掃除をして、完璧に家具を元に戻すと、たいして掃除をしていないのではないか、家具や物をどかして掃除していないのではないか、と思われてしまうかもしれないのだ。

もちろん、初回の掃除で、家具や物をずらして戻すことをコツだと思っている家政婦は、その仕事ぶりを証明したあとは、完璧に元に戻すこともできるはずだ。

でも、最初から完璧に家具を元に戻して、「丁寧なお掃除をありがとう、明日からもよろしくね」と言われる世界があったなら、
予め灰皿を用意しておいて、「どなたか灰皿用意しておいてくれて、ありがとう」と、言われる世界があったなら、
その世界に住みたいものだと私は思う。

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