「JR上野駅公園口」を読んだ
私は観察力が低い。
全く観察力がないわけではないけれど、見知らぬ人をパッと見るだけでその人の背景を想像したりするようなことが苦手だ。共に過ごす時間が長い人のことは、時が経つごとに客観的な情報を積み上げて、相手がどういう価値観を持ち、その時々に相手がどういう状態なのか推測できるようになる。一方、世の中には一瞬すれ違った人のことをよく見ている人もいる。人の身なりや立ち振る舞いからその人のことを想像できるらしい。私にはない能力だ。
この小説を読んで考えたのはそういうことだった。観察力の低い私は、そもそも上野公園にホームレスの人が住んでいるかどうか、意識したことがなかった(新宿駅の周りに寝泊まりしている人がいることには気がついている)。かつ、その人たちが日々何で日銭を稼いでいるのか、そこで寝泊まりするまでにどういった人生を歩んでいたのか、そんなことを想像するという発想もなかった。一方、この小説の主人公は、公園で寝泊まりする人のことをよく観察している。人それぞれ事情はあるが、敢えて明らかにしないのが路上生活者のルールのようである。そのなかでも、どういった人がどこで何をしているか何を考えているか、周りのホームレス・ただの通行人のことが、主人公の目を通して切り取った小説の文章からすごく具体的に想像することができる。ただ公園にいる人の会話を切り取っただけでも、その人の生活や周りの環境までもなんとなく分かってしまうことに驚いた。
BIG ISSUEという雑誌がある。ホームレスの人の自立支援のために、300円で売られている雑誌だ。キャッチーな表紙のものが多く、絵本のイラストが好きな私は、ミッフィーの表紙の号を渋谷のバス停近くに立っていたホームレスの人から買った。私は250円と万札しか持っていなくて、そのことを申し訳なさそうに伝えると、そのホームレスの比較的若いお兄さんは少し場から離れ、千円札をたくさん用意してお釣りをくれた。まだ朝早い時間だったから、あのお兄さんはそのあとお釣りがなくて困らなかっただろうか。少し後悔の念を覚えたことを、ふと思い出した。
居ない人の思い出の重みを、語ることで軽くするのは嫌だった。
きっと、この小説の主人公はいわゆる「東北の人らしく」無口だったんだろう。関西生まれでお喋りな私とは正反対な性格だ。人生のほとんどを出稼ぎで家族と離れて暮らすことや、大切な家族の離別の経験は私はまだ経験したことがないけれど、主人公の心の声であるこの引用箇所については、私も同じ思いを持っている。自分と境遇の違う人(フィクションではある)とも同じ信念が備わっていることに気付く、小説というものの奥深さを感じた本だった。
ちなみに、「解説」は私の感想とは全然異なるテーマについて書かれていた。私が平成生まれだからか、このテーマを切り口に小説を読むという発想がなかった。こういった視点の違いを感じられるのも、また小説の力なのかもしれない。
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