「もう」ではなく「まだ」を言いたい話
「もう冬だね」、と、11月になってからよく聞くようになった。
「もうこんなに寒くなっちゃったわよね」
「もう肌が乾燥してきちゃった」
「もうハロウィン終わったのにこのイベントやってるの?」
道行く人たちは秋の感触を「もう」、味わいつくしてしまっているらしい。
私は、まだ秋を探している。
秋の寂しくてちょっと湿った空気。朝の爽快で柔らかい風は、私の乾いた肌をするりと舐める。ぬるい水で顔を洗い、冷たい化粧液でなんども保湿を重ねる。外を出ると山吹色の太陽が、澄んだ水色の空にぽつんと恥ずかしげに浮かんでいる。色付きそうで色付かずに散っていく街路樹。銀杏でべとべとになったバス通り。夕方のてらてらと揺れるオレンジ色の光に透ける髪と黒い睫毛。
秋は、「まだ」此処にある。
「もう」冬だねなんて、言いたくない。だってそんなの、悲しいじゃない。
「まだ」秋を感じていたい、冬はゆっくり来てほしいのに。
「もう」こんなに寒くなってきたね、
「もう」年も明けてしまう、
「もう」11月になったね。
「もう」ばっかり使っていたら、いつの間にかおばあさんおじいさんになってしまう。決め台詞は
「もう、年だからねえ」
「もう」をたくさん使う人のスピード感に私はついていけない。彼らをすり抜けた残り香や、目もくれなかった落とし物を、一つ一つ、拾って集めて、ゆっくりと温度を感じながら呼吸をしたい。「まだ」秋は終わっていないし、「まだ」冬は寝ているから。
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