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53年前の大阪万博は優しい記憶とともに

53年前の今日、大阪万博が開幕した、という記事を読んだ。

なんと、私、リアルで行ってる!

しかも小学生!

通りで最近あちこち痛いわけだ・・・

自分が思っている以上に年を取っていた。


はっきり言って記憶があやふや。
3日間くらい滞在したような・・・

「月の石」の展示を見るためにアメリカ館に何時間も並んだこと。
今は無くなってしまったチェコスロバキア館できれいなガラスの花瓶を母へのお土産に買ったこと。
妹へのお土産にフランス人形を買ったら、とても怖がられたこと。

などなど、およそどうでもいいことしか覚えていない。

けれども、たったひとつ、はっきり覚えていることがある。

それは滞在最後の日に行ったブルガリア館での出来事。


滞在中、いろいろなパビリオンを回り、
手帳に、それぞれの国のスタンプを押したり、なぜかコンパニオンさんにサインしてもらったりしていた。

が、なんとそれをどこかに落としてしまったのだ。

そのことに気が付いたのはブルガリア館の中。

探して回る時間があるはずもなく、たまたま近くにいたブルガリア館のコンパニオンのお姉さんにそのことを告げた。
ブルガリア館で落としたかどうかもわからないのに、お姉さんは明らかに田舎者の小学生をかわいそうに思ったのか、
「見つかったら送ってあげる」と私の住所を控えてくれた。

家に帰って、絶対に見つからないよな~、とあきらめていたころ、
お姉さんからお手紙が届く。

中には私の物ではない手帳が。
その手帳には、全部のパビリオンのスタンプと、ブルガリア館のコンパニオンさんたちのサインが!

お姉さんのお手紙によると、見つからなかったので、代わりにこの手帳を送ります、と書いてある。

小学生の私は嬉しくて嬉しくて、お姉さんにお礼の手紙を書いた。

すると、またお返事が・・・

そのまま、お姉さんと文通するような形になった。

やがて、お姉さんから結婚の報告が届き、なんとなくそのまま、手紙のやりとりは途絶えてしまった。

今から思えば、あんなにたくさんの入場者の中のたった一度会っただけの小学生に、よくぞそんなことをしてくださったものだ。
しかも、大人のお姉さんが小学生相手に何度も手紙まで・・・。


このとき、万博に連れて行ってくれた父は、のちに家族を残して姿を消す。

住んでいた家は人手に渡り、思い出の手紙などはほとんどなくなってしまった。
今となってはお姉さんのお名前も思い出せない。

けれど、何かの折に、万博の記事を見たり、太陽の塔の映像を見たりすると、私は決まってこのことを思いだす。

あんな素敵な大人になりたい、と思っていたけれど、私はちゃんとなれているのだろうか。

また、大阪万博が開催されるらしい。

テレビでその様子が中継されたら、私はきっとお姉さんを思い出す。

幸せな思い出に感謝しながら・・・。





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