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感動は道の険しさではなく、私の歩みが生む/カズオ・イシグロ「日の名残り」
「人生 、楽しまなくっちゃ 。夕方が一日でいちばんいい時間なんだ 。脚を伸ばして 、のんびりするのさ 。夕方がいちばんいい 。わしはそう思う 。みんなにも尋ねてごらんよ 。夕方が一日でいちばんいい時間だって言うよ 」
今年の目標のひとつが「物語をたくさん味わうこと」。小説や映画・ドラマにたくさん触れて、できるだけ記録に残していきたいと思っています。
1年のはじまりに選んだのは、カズオ・イシグロ「日の名残り」。
最初、私は「ちょっと難解なものを読みたいな」と思って、この本を手に取りました。作者のカズオ・イシグロについては、ノーベル文学賞受賞作家ということくらいしか知識がなく、同じようにノーベル文学賞を受賞している、ガルシア・マルケスとか大江健三郎みたいな作品をイメージして。長期休暇中に、ゆっくり時間をかけて、さらっと読んだだけではよくわからない文章を、ゴツゴツとした山道を踏みしめるように読みたい。そう思ったんです。
日頃、ネットで親切で読みやすい文章ばかり読んでいる反動か、そんな風に感じることが増えた気がします。さらりと読める文章も悪くないけれど、「書かれていることの半分も理解できていないかもしれない。でも、確かに、ここに、何か素晴らしいものがある」と感じる読書も、私はとても好きです。
結論から言えば、「日の名残り」は、そういう意味では期待はずれの作品でした。洗練されて落ち着いた文章はとても読みやすく、ストーリーは淡々と進み、私の頭を混乱させる要素は何一つ見当たりません。山道とは全然ちがう、どこまでも見晴らしのいい大草原の一本道を、丁重なエスコートを受けながら進む、そんな読書。
見晴らしのいい一本道なので、到着地点もしっかりと見えていました。私は、「あの場所にたどり着くのだ」と思った通りの場所にたどり着き、そこで思った通りの景色を見ました。それにも関わらず、そこで感じたのは、思いもかけない驚きと喜びと、人生に対する慈しみです。淡々と続く一本道を、歩いてきたからこそ、味わえる感動。
「山道を歩くような読書を」と願ったのは、もちろん純粋な欲求ではあったけれど、「かけた苦労」を担保に、大きな感動を手に入れたいという、小賢しい思いもあったのかもしれません。私は、つい、険しい道のりの先にこそ、素晴らしいものがあってしかるべきだなんて思ってしまうけれど、先にあるものを素晴らしくするのは、道ではなくて、たぶん、私自身の歩みなのではないか。そんなことを感じました。
新年早々、とても素晴らしい作品に出会えました。おそらく人生の夕方にさしかかっている今の年代に読めたことも、とても幸せだなと思わせてくれた作品です。
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