魔法とは何か ディズニー作品から読み解く
物語と魔法
多くの童話やファンタジーには魔法が存在しています。魔法が出てくる話の中から自分が最初に思い浮かんだのは、ハリーポッターです。この作品ではシリーズを通してハリーが魔法を学びながら自分のルーツを知り、前の世代から続いている因縁に決着をつける構造になっています。ハリーポッターの世界では魔法が特別な事ではなく、当たり前にありふれているものとして扱われていましたね。
『大人のための心理童話』では、魔法が象徴しているものについて書かれていました。今回はこの本を参考にしながら、魔法とは何か、どのように描かれているのかを説明してみたいと思います。
魔法に関する話は古今東西どこにでも存在します。そもそも魔法についての定義が難しいのですが、とりあえず『現実には起こり得ない出来事を意図的に起こす力』としておきましょうか。まずはディズニープリンセスが登場する作品で扱われる魔法について列挙していきましょう。
・白雪姫 魔法の鏡
・シンデレラ ドレス、カボチャの馬車
・美女と野獣 変身の呪い
・人魚姫 人魚、アースラとの契約
・ラプンツェル 時間を戻す
・アラジン ランプの魔人 空飛ぶ絨毯
・眠れる森の美女 眠り続ける呪い
・アナと雪の女王 氷の魔女
・ティアナ カエルの呪い
まず、『白雪姫』に出てくるお妃様の魔法の鏡についてその機能を考えてみます。まず、鏡と話が出来ますが、鏡に人格があるというよりは、Siriのような物と考えるとわかりやすいですね。人物検索機能がついていて、音声案内と共に検索結果を鏡に表示します。鏡は空気を読まず、言われた事をそのまま実行します。そして、白雪姫が1番美しいという真実を伝えます。こうした便利機能も一種の魔法なんですね。
そらからもう一つ、毒リンゴです。これを魔法と言っても良いのか、微妙なところではあります。そして、仮死状態の白雪姫は王子様のキスで目覚める事が出来ます。キスは魔法を解く条件なのですが、魔法的な効果がありますね。
次に『シンデレラ』ですが、妖精のフェアリーゴッドマザーはシンデレラのボロボロの衣服をドレスに、カボチャやネズミを馬車に変えて舞踏会に相応しい格好を提供しました。これは、無から有を作り出すような魔法では無く、既にある物の色や形を変えるタイプの魔法です
『リトルマーメイド』のアリエルはアースラとの契約で声と引き換えに陸で活動できる足を手に入れました。望んでいる物を与えるのと同時に別の制約を与えるという内容ですね。アースラ自身はその声をもらったところで、特にメリットはないと思われるので、重要なのは失うことであると思われます。
『美女と野獣』の野獣は外見で他人を判断した事で、魔女に醜い姿に変えられてしまう呪いを受けました。他人に行った酷い行為を自分が受ける側になって体験し続ける呪いですね。自分の罪を自覚するように仕向け、罰を与えるタイプです。
ディズニー版の『塔の上のラプンツェル』では、魔法の花の力によって時間を戻す力を手に入れます。作中では、ゴーテルの若返りや、フリンの傷を治すなど治癒の効果を発揮しています。原作ではただ髪の毛が伸びるだけですが、ディズニー版の解釈は新しい要素が足され、情報が豊富で面白いです。
『眠れる森の美女』ではオーロラ姫は眠り続ける呪いをかけられます。これは、王様がマレフィセントをオーロラ姫の誕生祝いに誘わなかった事を恨みに思って掛けられました。親世代が侵したミスの代償を支払わされると見ることもできます。親が作った借金を子どもが返すかの如くです。オーロラ姫が眠り続けることについては、女性の精神発達の課題として解釈することが出来ますが、それはまた別の話。
『アラジン』では2つの大きな魔法があります。1つは魔法の絨毯で、もう一つは魔法のランプです。空を飛ぶ事と、回数制限のついた願望成就機能の魔法が出てきます。空を飛ぶことは自由の象徴だと思われます。しかし、何と言っても魔法のランプは恐らく他の魔法と比べてもトップレベルで強い魔法では無いでしょうか。
『アナと雪の女王』の氷の魔女であるエルサは、冷気や氷を生み出す力を持っています。エルサは徐々に人外の存在になってしまいます。作中ではその様子が魔法の力の暴走として描かれています。力の暴走によって妹に呪いを与えてしまいました。この話では感情のコントロールの主題となります。
『プリンセスと魔法のキス』では、ティアナはカエルに変わってしまいます。美女と野獣と似ていますが、テーマの内容が異なります。役割依存からの脱却がテーマとして描かれていますが、それはまた別の話ですね。
呪いと魔法
ざっと見てみましたが、呪いと魔法が混ざっています。それも重要な視点かもしれません。それから誰が誰に、どのような事をするために(目的)、何をしたのか、どの様になったのか、その点を考えながらもう少し整理をしていきたいと思います。
まず、呪いを解く話なのかどうかという問題ですが、9つあげた中でも6つが呪いを解く。である事がわかりました。
話の流れとしては、魔法や呪いの力が主人公や主要人物を困らせていたり、困る状況が出来上がってしまいます。それを勇気や知恵、愛情の力によって打開していく話が多かったのです。
例えば美女と野獣では、呪いに掛けられた野獣とベルが出会い、ベルとの交流を通じて心を取り戻して野獣にかけられた呪いが解かれます。
反対に呪いの話ではない残りの3つはどんな話でしょうか?アラジンとシンデレラでは望みを叶えたり、スタートラインに立つチャンスを貰うといった話であります。
アラジンは何でも願い事を叶える事ができるランプの魔人に頼んで、王子様になり、ジャスミンと添い遂げようと考えました。ジャファーのように父親を操ったり主体性を奪おうとは考えなかったんですね。
ちなみ自分は子供の頃に回数制限をいかに外すかや、魔法を失わない方法を考えていました。ジャファーが同じ事を考えて魔人になったように。
呪いや魔法については、原作とも異なる部分があるので、ディズニーが我々に向けて送っているメッセージでもあるとは思いますが。
叶えたい願い、つまり、好きな人と結ばれるためのスタートラインに立つために魔法が使われているのです。
さて、アラジンとシンデレラのこれらの魔法ですが、魔法を使わずに同じ現象を起こす事は可能でしょうか?
答えは、できます。
細かいところを除けば、お金があればほぼ出来ます。シンデレラは豪華なドレスと馬車を用意すれば良いのですから、できます。
アラジンはお金もそうですが、従者を大勢引き連れてパレードしながらジャスミンに会いに行きます。貧富の差、身分の差を超えていかなければならないので、権力も必要なのです。アラジンでは魔法を金と権力に置き換える事が出来るのです。
象徴としての魔法
『大人のための心理童話』では、魔法は『他者から与えられた贈り物の象徴である』と言っていました。それはプレゼントのように与えられたものから、血筋や運命づけられた境遇のようなものまで含まれています。それが子供や青年が主人公の話では、まだ世の中を渡っていく力を持っていない主人公が問題を解決する土俵に立つための手段として使われたりします。それは、他人から貰い受けた財産や権力や知恵といったもので、それらを得ることで運命や社会を変えるチャンスを手にする事ができたと解釈できることが多いのです。
青年が大人になって、自分の力で問題を解決して、やっていけるようになると、魔法は必要なくなり手を離れていきます。それは小人の靴屋がいつの間にかいなくなってしまったり、鶴の恩返しで鶴が去っていってしまうのと似ているのです。
逆に呪いは、『魔法』の中でも主人公に困難を与える受難の象徴であると言っていいかもしれません。それは、親から受けついだ負の遺産であったり、本人が負った借金かもしれません。血縁に脈々と受け継がれてきた世間の目かもしれません。
作品の中に出てくる『魔法』をこうした観点から見てみると、これまでと違った解釈が出来るようになります。それはドラマやアニメ、漫画、小説などどんな物語でも使うことができます。たとえ作者がそんなことを考えていなかったとしても、自分が勝手に深読みして楽しむことが出来れば、それでいいのかなとも思います。
よかったら私と一緒に深読みライフしてみませんか?
最後まで読んでいただきありがとうございました。
宜しけれこちらもご一読ください。