パワーアップ薬
睡眠程時間を無駄にする行為は無い。
いつも睡眠によって時間を無駄に過ごして、やるべき事に遅れが出てしまう事が多い私はそう思っている。
どこかで聞いた話だが、人生の三分の一は睡眠時間と聞いた事がある。
これを多いと思うか少ないと思うかは人の勝手だろう。
だが、人の一生を約85年程とした場合。
(85歳×365日×24h)÷3=248,200h
実にこれほど多くの時間を睡眠に費やしているのだ!
ああ、実に勿体無い!
そう考えたら、私には人生の三分の一は睡眠時間という事実がどう考えても多すぎるとしか思えない。
これ程多くの時間があれば、もっと他に有意義な事をする時間に費やす事が出来るのに。
人に睡眠欲というものを与えた存在。
私はそれを憎みたい。
そんなことを日常的に考えながら街を歩いていたある日。
「もしもしそこの人、貴方は睡眠は時間の無駄、睡眠欲が無くなればいいのに、って思ったことはありませんか?」
フードを目深に被った怪しい人物が私に話しかけてきた。
なんだこいつ。
今、私の思考を読まなかったか?
私はその人物を気味悪く感じると同時に、訝しげにその人物に目をやると、
「何か宗教とかの勧誘ですか? 生憎そういうのは正直間に合ってますので」
私はさっさとその場から立ち去ろうとした。
しかしフードの人物はしつこく食い下がる。
「まぁまぁそう言わずに、実は貴方にとっておきのドリンクがございましてね」
そう言ってフードの人物は私に栄養ドリンクと思しき一杯の瓶を差し出した。
「パワーアップ...D...?」
そのドリンクのラベルには大きく、「パワーアップD」という文字が書かれていた。
「そうです! 眠い時にこのパワーアップD を飲めばあら不思議。先程まで眠気が嘘のように綺麗さっぱり吹き飛び、心の底からやる気に満ち溢れていきます! 仕事も何もかもが捗ること間違い御座いません!」
「は、はぁ...」
「そして今回特別に、貴方様に限り、初回限定で本来1000円の所、9割引きのたったの100円でご提供させて頂きます!」
「おお!?」
私はこれまで度々睡眠に悩まされてきた。
それに、今回特別に100円という安い値段でこの問題を解決出来るパワーアップD というドリンクが買える。
そう考えると、私に買わないという選択肢は湧いてこなかった。
「買わせて頂きます!」
「毎度あり! それと二回目以降このを買われる場合は、こちらの電話番号より連絡して下さいませ」
私がその人物に100円を払うと、その人物はパワーアップD と電話番号が書かれた紙を私に手渡してきた。
「よし、これで明日からは絶好調だぞ!」
私は、後ろでほくそ笑むフードの人物に気づくことなく、ルンルン気分でその場から立ち去った。
翌日以降、私の調子は絶好調と言っても過言ではなかった。
何せあのパワーアップD を一口飲んだだけで、体の底からやる気が溢れ出てきて、一日中眠くなる事がなくなったのだから。
おかげで仕事の成績はぐんぐん上がり、上司からも褒められるようになった。
夜は一切眠くならないので、いくらでもアニメを見たりゲームをしたりすることが出来た。
ただ一つ、問題点としては、ドリンクの効き目が切れた時には多大な疲労感が襲ってくるということ。
ただそれも、電話で連絡すればすぐ様例の人物が私の元へと駆けつけてくれるので、何の問題にもならない。
値段が少しずつ釣り上がっているような気がしたが、給料が順調に上がっている私にとっては些細な問題であった。
ところが一ヶ月程経ったある日、問題が起こった。
パワーアップD を何杯飲んでも、やる気が出ないどころかそれ以上の疲労感が襲ってくるようになった。
私は、そのフードの人物にどういうことかと連絡する。
「あー、そうですね。お客さん。どうやらパワーアップD への耐性が出来てしまったみたいですねぇ」
「な、何だって !?」
「こうなってしまうと、今までの100倍の量を飲まないと駄目ですね」
「そ、そんな......」
100倍の量だと!?
しかし、背に腹は変えられない。
「か、構わん!100倍の量を売ってくれ!」
しかし、必死になっている私にその人物は法外な値段をふっかけてきた。
「うーん、そうですねぇ。そうなると100万円程請求させて頂きますが」
「100万!?」
私はそのあまりの値段の高さに絶句した。
「どうしましたか? このままでは貴方はずっとこのままですけど」
「し......仕方ない、買う、買うよ!」
こうなりゃ最早ヤケクソだ。
私は早速消費者金融から100万を借りて、そのフードの男から大量のパワーアップDを買った。
しかし、私がかつての勢いを取り戻すことはもう二度となかった。
仕事中に疲労感に耐えられなくなって居眠りが絶えなくなり、遂には会社の業務に支障をきたすとしてクビになってしまった。
収入がなくなり、借金が増えるばかり。
でも私はもう、パワーアップD無しではもう生きられなくなっていた。
ああ、一体どこで間違ってしまったのだろう。
睡眠が時間の無駄と考えたのがそもそもの間違いだったのだろうか。
誰か、教えてくれ...。
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