家族は崩壊し、そして再生する
『低地』ジュンパ・ラヒリ著:小川高義(訳) 新潮者クレストブックス
ラヒリにとって本書は『その名にちなんで』に続く二作目の長編小説となる。この訳の本書が出たのが2014年でその時にはじめて読んで、今回は再読。
時代は1960年代の後半、インドの西ベンガル州の小さな村で貧しい農民の一揆から武装蜂起が勃発する。それが極左運動になり共産主義勢力が増した時代。そんな時代に大学生となった兄弟、兄スバシュと弟ウダヤン。兄はおとなしく内向的で学者肌タイプ、現在はアメリカの大学へ留学中。弟は社交的な熱血漢で理想に燃え、やがて前記した政治運動にのめり込んでいく。そんなとき弟は、同じく大学生のガウリという女性に出会い、二人は恋に落ち、結婚。しかし極左運動が過激になっていくなかで、弟は警察隊によって銃殺されてしまう。弟の死を知らされた兄は、インドへトンボ返り、真実を知って打ちひしがれる。若くして寡婦になったガウリは未来を閉ざされ、インドの強い因習のなかで潰れそうになっていく。しかもガウリは弟ウダヤンの子を宿していて…。
物語は兄スバシュを軸に展開するが、わたしはこの物語の主人公はやはりガウリだと思う。この小説のなかで一番印象的なのは、兄スバシュが寡婦になったガウリと再婚を決意し、アメリカへ連れていくところだった。インドの古い慣習から逃れること。自由を手に入れること。もう一つガウリで印象的な場面は、アメリカで生活しながら子供を産み、育てている中でどうしても自分の生き方を追求したいあまりに、子供と夫を捨て、学問のために出奔してしまうところ。
結局、生きることとか、女であることとか、子供を持つことそしてその子を捨ててまで自分を貫くことの意味とかを考えずにはいられない。
ガウリの激動の人生に比べたら、スバシュの人生などは平凡すぎるのかもしれない。ただ、スバシュの残された子とともに、生きていくその優しさも思いたい。
夫婦の人生はそれぞれで、いかなるときでも家族は崩壊しながらも再生していく、そんな家族像を描くのはほんとうにラヒリは上手い。