雑感(05)毎日書道展と島崎藤村
乃木坂の国立新美術館へ「毎日書道展」を観に行った。
高校時代を最後に筆硯から離れて久しいが、専ら鑑賞者として書道展には時々足を運ぶ。
3フロアにわたる広大な展示面積。1フロア1時間ずつ観たら2フロアまわったところで足が限界に。それでも十分楽しめた。
文部科学大臣賞受賞作は、まだお若そうな金子大蔵さんという方の作品(リンク先に作品あり)。島崎藤村の「暁の誕生」という詩の一部「せめて藝術を戀ひ慕ふ 深き情を持たしめよ」が題材になっていて、大小のメリハリが利いた構図が面白く、墨の濃淡潤渇はもちろん適度な飛白(線の一部にぽっかり空いた空白地帯)も味わい深い。ネットで調べたら、「藝術」=「たくみ」、「情」=「こころ」と読むらしい。
奇遇な話で嘘っぽく聞こえるかもしれないが、ちょうど小説『夜明け前』を読み始めようとしていたところなので、藤村の名前にハッとした。しかしそうか…小説だけでなく詩もいいな。
そう思いながら他の作品を観て回っていると、島崎藤村の詩を題材にした作品が結構多かった。作品の写真でもご覧いただきたいところだが、きっと権利関係上問題があるので、題材の紹介まで。
「一時にして既に霜 鳥潮の音に驚けば 一時にして既に雪」(出典:常盤樹)
「秋風の かのもみぢ葉にきたるとき 道を傳ふる婆羅門の 西に東に散ちるごとく 吹き漂蕩す秋風」(出典:秋風の歌)
「海にして響く艫の聲 水を撃つ音のよきかな」(出典:舟路)
ちなみに、題材部分が原詩では中途半端なところで切れていることがあるのは、書道作品ではよくあること。 ※例えば上記「秋風の歌」
あとは、「初恋」を全文書いていらっしゃる方の作品も見かけた。他にもあったかもしれない。
ちなみに、島崎藤村以外では、水原秋櫻子、宮沢賢治、与謝野晶子、山口誓子の4名が特に多かった気がする。数だけで言えば水原秋櫻子が一番だったかな。若山牧水、谷川俊太郎、西行などもチラホラ。
個人的に「お!」と思ったのは、夏目漱石『草枕』のあの有名な出だしを書いた作品。少し前に小説を読んだばかりだったので。漱石では、俳句「蟹に負けて飯蛸の足五本なり」を書いている方も。
後白河法皇「遊びをせむとや・・・」にも目を惹かれた。ちょうど2012年の大河ドラマ『平清盛』を最近観て(感想はこちら)、その中で毎回毎回歌われていたので。
正直、私は詩や俳句の知識が全然なく、恥ずかしながら書道作品を「技術」や「視覚的要素」の観点からしか観てこなかったが、最近ようやく書かれている題材への関心が高まってきた。当たり前のことだが、書道と詩・俳句・歌などは切っても切り離せない関係。その意味では、詩や俳句などの素養を培うことなく書道から離れてしまったのは勿体なかった。とはいえ、社会人になってからも書き手として書道を続けるのは資金的・時間的に容易でないのだけれど…。
逆に「詩・俳句・歌は好きだけど書道には興味を持ったことがない」という方には、是非一度このような大きい書道展覧会を訪れてみていただきたい。きっと、新しい発見と刺激を得ることができるはず。初めて見た詩句や詩人との邂逅も楽しいし、よく親しんだ既知の詩句でも、活字なんかでなく筆と墨によって生き生きとした姿で迫ってくると、新鮮な感動を味わえる。