夏祭りと太鼓
夏になるたび、近所の神社では
お祭りが開催された。
そこに行くのは、私も息子も大好きだった。
夕方、ようやく暑さが落ち着いたころ、
薄暗くなった道を、
妻と4歳になった息子と歩いていく。
神社に近づくと、赤提灯の光が輝き、
太鼓の音が聞こえてくる。
まるで異次元の世界に
入っていくような感覚。
日本人に生まれて良かったと思う瞬間だ。
ただ、そんな物思いに
耽っているのも束の間。
息子のために、
早く食べ物を買ってやらないと。
焼きそば、たこ焼き、唐揚げ、焼き鳥。
バナナチョコやかき氷だってある。
そして私にはビールもある。
人込みをかき分け、なるべく行列が少ない
屋台を探し出し、食べ物を買う。
大抵は500円。普通に考えると高いし、
普通の味のはずなのだが、お祭りだと
いつもよりおいしく感じのはなぜだろうか。
3品ほど購入して
妻と息子のもとへ戻った。
適当に座れる場所を探し、
一緒に座って食べる。
息子は、盆踊りを不思議そうに見ながら
唐揚げを頬張った。うまそうだ。
私もビールをのどに流し込む。
暑さが却って心地良くなる幸せな瞬間。
そのとき、
「参加者募集」の張り紙が目についた。
どうやら、中央の櫓にある
太鼓を叩けるようだ。
「太鼓、叩いてみる?」
引込み思案な息子のことだから、
断ると思って冗談半分で言ってみた。
ところが、顔を縦に振る。
夏祭りの雰囲気に飲まれたのだろうか。
櫓の下で受付をし、順番待ちの列へ。
10分くらい並んで、息子の番になった。
まずは、係のお兄さんと
一緒に練習をするようだ。
バチを手渡された息子は、
お兄さんの説明を聞きながら、
真剣な表情で練習用の太鼓を叩く。
そして、間もなく本番。櫓の上に通され、
大きな太鼓を目の前にする息子。
櫓の下には、大勢の人たちがいる。
どん、どん、かっ。
先ほどのお兄さんが
わかりやすく指導してくれる。
だが、息子は、バチを持ったまま
固まってしまっている。
それに気が付いたお兄さんが駆け寄り、
息子の手を持って一緒に叩いてくれた。
息子の顔は、ずっとはにかんだままだった。
「楽しかった?」
太鼓を叩き終えた息子に聞くと、
「うん」とつれない返事だったので、
たいして楽しくなかったのかと思った。
しかし、それは私の思い違いだった。
たまたまゲームセンターに行ったとき、
「太鼓の達人」を見つけると、
走っていて「これがやりたい」と言った。
実は楽しかったのだ。
元々、音楽が大好きな息子。
音楽と太鼓という
組み合わせのゲーム
「太鼓の達人」に、はまらないはずはない。
その日、何度もトライしたのはもちろん、
その後、何度もゲームセンターに
付き合わされた。
ニンテンドースイッチのソフトも買った。
最初こそ、ゲームのルールすら
理解しておらず、
ふたりプレイで一緒にプレイしていたが、
しまいには、ひとりでプレイしたいと
言い出すしまつ。
簡単な曲なら、中級でも
クリアできるまで上達した。
しかし。
残念ながら、あれから
夏祭りは開催されていない。
コロナの影響だ。
せっかく上達した太鼓の腕前を
披露する機会がない。
息子は、別のゲームに夢中になっている。
あの日、はにかみながら
太鼓を叩いた日のことは、
忘れてしまっただろうか。
いや、薄闇に赤提灯で輝く櫓を見ると、
その上から聞こえる太鼓の音を聞くと、
きっと記憶が蘇るに違いない。
また、太鼓を叩きたいと言うに違いない。
また、お祭りに行こうね。
きっと、また開催される日がくるはず。
今度はひとりで叩けるかな。
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