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官製ワーキングプアについて
高齢化社会が進む中、介護業界は慢性的に人手不足であるという。
<厚生労働省は12日、介護職員が2040年度に約272万人必要になるとの推計を公表した。22年度の職員数は約215万人で、約57万人増やす必要がある。26年度時点の必要数は約240万人と試算しており、人員不足が続きそうだ。>
前にも書いたが、人間は単純に長寿になったところで、幸福になれるとは限らない。重要なのは、「健康な状態」を維持しながら、長生きできることである。
僕の目標は、自分の寿命と、健康寿命を限りなく一致させることである。具体的に言えば、他人のサポートが必要な状態になったら、サッサと死にたいものである。介護なんて、まっぴらごめんだ。
男女ともに、今の日本においては、健康寿命と寿命との間に、10年ほどのギャップがあるという。つまり、晩年の10年ほどは、程度の差こそあれば、誰かに介護されないといけない状態にあることを意味する。
もちろん、その中には、完全な寝た切り状態、つまり生きているだけで、自分では何もできない人もいれば、多少のサポートがあれば、ひとり暮らしも可能な人も含まれる。ただし、国際的に見ても、日本には寝た切りの老人が多いと言われている。
労働者人口が減っている中、介護の担い手を確保しようと思えば、介護業界の給与水準を引き上げるしかないが、そうならないのは、国が政策的に介護報酬を上げたくないからである。
介護保険制度において、事業者が利用者(要介護者、要支援者)に各種介護サービスを提供した場合に、介護報酬とは、その対価として事業者に支払われる報酬のことである。原則として、介護報酬の7割から9割は介護保険から支払われ、1割から3割は、利用者の自己負担となる。介護報酬を引き上げたら、介護保険も自己負担も増やすしかなくなってしまう。そうなると、負担増に対する国民の不満が高まるから、できればやりたくない。となれば、介護業界を低賃金重労働なままで維持するしかない。
ついでに言えば、保育士も低賃金であるが、こちらも保育園の維持に充てられる「公定価格」や、保護者が支払う「保育料」に限度があるから、保育士に対する報酬を低賃金のまま抑えるしかないからである。
その反対に、医師の診療報酬がコンスタントに上昇するのは、医師会の政治力が強いからである。診療報酬というのは、医師の「公定価格」みたいなものであり、都市部 であっても、田舎であっても、あるいは若手のバリバリの医師であっても、50年前に大学を卒業したロートル医師であっても、「公定価格」は基本的に同じである。普通に考えれば、理不尽きわまりないが、開業医主体の医師会の発言力のおかげで、こうした悪平等がまかり通るのだ。
介護も保育も、医療と同様に社会にって欠くべからざる仕事である。にもかかわらず、一方は高い報酬が保障され、他方は低賃金を余儀なくされる。こういうのを、「やりがい搾取」と呼ぶのであろう。
あるいは、国の政策によって、賃金が上がらないように仕向けられているという点では、「官製ワーキングプア」と呼んでも差し支えない。
奨学金を借りて大学や専門学校を卒業して、介護とか保育のような業界に就職した場合、業界全体が低賃金であるがため、なかなか生活水準を向上させることができない。その上で、奨学金返済までしていては、貧困状態から抜け出せず、風俗業界で副業をしなければならない女性も少なくないという。
大学進学も、「投資」だと思えば、どうせならばコスパの良さそうな業界に就職すれば良いのに、わざわざ介護とか保育のような業界を選択すること自体、「先見の明」がない、「情弱」だと言われてしまえば、まったくそのとおりなのであるが、何とも気の毒な話である。
だが、介護や保育のような業界が、人の役に立つ、すばらしい職業であるかのごとく(実際、人の役に立つ、社会的に必要不可欠な仕事であることは、間違いないのだが)、必要以上に官民挙げて宣伝しておいて、そのくせ、諸々も事情もあって、賃金を低水準のまま据え置いているというのでは、一種の詐欺行為であろう。
たとえが悪いが、昔々、「口減らし」のために、中国大陸や北米、ハワイ、南米等への移民を奨励していたのと根本的に変わらないような気がする。
僕の知り合いの女性で、大学を卒業して、介護業界に就職したものの、あまりの低賃金重労働とブラック体質に愕然として、看護師の資格を取ってキャリアップを果たした人がいる。同じ介護施設で勤務していても、看護師になれば、給料も労働条件も大幅に改善されるし、看護師の国家資格があれば、転職マーケットでも優遇されるし、一生食いっぱぐれがないからである。
彼女のように自ら行動してキャリアップできる人はまだ良いが、過酷な労働環境で疲弊してしまい、考えることもできないまま、貧困状態に喘いでいる人たちも少なくないであろう。
生涯未婚、少子化、若年者の貧困問題等は、いずれも根本的なところですべて繋がっている。
必要な仕事であれば、価値に見合った対価を取れる仕組みを講じるべきである。本質的な問題解決をせずに、弥縫策として賃金を抑制するというのでは、単なる問題の先送りに過ぎない。