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愛すべきジャンク品は誰かの

「Fallout4」というゲームにハマった。

プレイする以前から存在は知っていて、前職でもよくグッズを仕入れては売っていた。
なんかかわいいし、しかもよく売れる。
Tシャツやらフィギュアやピンズやら見つけたらなんとなく仕入れて、気付いたら売れてなくなっている感じ。マスコットキャラがかわいくて人気のゲームなんだなと思っていた。

ある日PS4が我が家にやってきて、どのゲームを買おうかとなった時に真っ先に選んだのが「Fallout4」だった。
核戦争後の世界で、シェルターで冷凍保存されていた主人公が組織に誘拐された息子を探すというストーリーで、主人公は荒れ果てた広大な世界をひたすら駆け巡り様々な派閥のクエストをクリアしながら息子の手がかりをつかんでいき、ある時ついに――そんなお話だ。マスコットキャラはかわいいがなかなかに殺伐としている話である。

アクションメインのゲームだが、そこら辺に転がっているアイテムはほぼ核戦争前の「ジャンク品」で、言わばヴィンテージアメリカン雑貨だ。ラジオから流れる音楽はスウィングジャズで、古ぼけたダイナーにはこれまた古びたジュークボックスが置いてある。

あれ、この感じどっかで見たことある、と私は瞬きするのだった。
このなんか好きな感じ、何だっけ。

ああそうか、これは。
私は完全にかつての職場、昔のヴィレッジヴァンガードを思い出していた。
店に置いてあるのは「ヌカ・コーラ」じゃなくて「コカ・コーラ」だし、流れているのはどちらかというとエレクトロスウィングだけど。

なるほどね、と自分がこのゲームを好きになった理由の一つに納得しながら探索を続けると、あることに気付いた。

朽ち果てた家の中のジャンク品などから、かつてその場にいた人たちの在りし日の様子が垣間見えるのだ。
子供部屋にはおもちゃがあり、たまにテーブルの上や棚に日記があったり声を録音したテープが残っていたりする。
とある屋敷の中にいるグール(ゾンビのようなもの)はかつて人だったがその当時この家で行われた実験によってその姿になってしまったらしい。ただ、それを教えてくれるのは人ではなくその場にずっと残り続けているモノたちである。

そこら辺で錆びたり朽ちたりしたジャンク品たちが語る、「もう戻ってこない当時」がある気がして、懐かしいようなもの悲しいような、人の生活を勝手に覗き見ちゃったような、なんとも言えない気持ちになった。
ただのゴミではないストーリー性のあるジャンク品たちを見た時には、胸にぐっと込み上げるものがある。

もちろんただ漠然とそこにころりんと転がっているだけのものも山ほどある。
それはそれで儚げだからよし。
君は色々を乗り越えてここにいるんだね。

はて、いつか私の部屋も何かの際には誰かにジャンク漁りをされる日が来るのかもしれない。

「…ん?この部屋にはオタクがいたのか...?」
朽ち果てた私の部屋を見た者はそう言うだろう。
そうだ、面白いだろう、持っていけ持っていけ。かわいいでしょ、この部屋のものたちは。

勝手に妄想を繰り広げつつ、私は今日も誰かのジャンク品を漁りに行くためコントローラーを握る。

そんな愛すべきジャンク品は、きっと誰かの思い出の品だったり、当たり前の日常の断片だったり、その人にとってもただのガラクタだったのだろう。おもしろいよね。モノが時間を繋いでいく感じ。

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