思い出の整理 沖縄〇にや
沖縄ほにやにいた
「もーれ もーれチャンプルー祭り」後に
「やめたい」と同僚に言ったら、逆切れされた。
共感的な感情で言われた。
「高いお金払ったのに、どうして踊らないのか?」
「どうして?」とか
そこに縄張り意識があった。
共感的な縄張りが。
すぐ入って練習して、合宿する中で合わないと思ったから。
もちろん楽しさもあったが、女性が多くてつられていったのが大きい。
しかし、よさこい踊りマンセーで、彼らは、ほにやのよさこい踊りの価値観を賛美しすぎていた。ついていけなかった。
何か踊りの価値に過剰だった。「楽しもう」と言われても何が楽しいかわからない。わからなかった。それ以上にこの人たちはどうして楽しいと思うのかも理解できない。それ以外にも楽しさにあいまって、その価値に対しての義務感もリーダーが述べてて、無意識に苦しかった。
当時は、団体作って、みんな陶酔してた。
女たちは共感して「楽しむ」と言って感じてたのだろう。
この人らの縄張りに入って、無意識に安堵感もあったのかもしれない。
しかし、抜けたら、それ以外の場所が見当たらなかった。
孤立するのも苦しかったのもある。人間関係でのトラブルの延長で。
結局、なぁなぁになって。留まった。
強い剣幕で言われて、反論できるのもできなかった。
数年後に辞めたが。