「空白」を懐かしむ(読書感想文)

 5月31日金曜日、とうとう『オンライン・バカ 常時接続の世界が私たちにしていること』("The End of Absence: Reclaiming What We've Lost in a World of Constant Connection" マイケル・ハリス著)を読み終わりました。好きな本になりました。いやしかし唐突に「とうとう」などと言われても...と思われるかもしれません。ごもっともです。数か月かけて、出掛ける際の鞄の中に忍ばせたり、枕元に置いたりして、少しずつ読んで来たので、昨日遂に読むページが無くなってしまって、嗚呼読み終わってしまった......と、寂しいような、巡り会えた有難さが身に染み入るような感慨に耽っていました。そんな次第で、「とうとう」と表現したわけです。

 色々と考えさせられました。こうしなさいと教授するハウトゥー本ではなく、著者の疑問と思索とインタビューと実験とその結果からまた考察したこと...などを綴ったものだと思います。

「オンライン・バカ」ってちょっと、いやだいぶ刺激的な題名ですけれど、原題は「空白の終焉」或いは「空白の喪失」みたいな意味でしょうか。でもやっぱり「空白の終焉」だと書棚の中で目立ちませんし、手に取られる確率も減ってしまうかもしれないので、この題名は正解な気もします。でも、この「空白の終焉」「空白の喪失」が、この本が描いていることなのですよね。私たち現代人が今まさに喪って行っている「空白」を、日々の生活の中で漠然と感じるその正体を掴み取ろうとしながら、それが感じられるのは実はオンライン以前と以後を知る世代だけであるかもしれないことを自覚するようになり、何が本当に喪われてしまうのかを探し求めて様々な行動を取ってみる著者です。

 ハードカバーで、文字も小さく、参考文献の出典も豊富に記載されているので、読んでいてとても楽しかったです。この著者より上の世代として書いていらっしゃる訳者後書きも、思索に富んでいて気付きを与えてくれました。
 私はこの著者より少し下の世代だと思うのですが、インターネットが人々の生活に入って来る"Before" と"After"への感覚は、概ね似ているなと感じました。いつか存在したことすら誰もが忘れ去ってしまうであろう「空白」の終わりを予感、或いは既に実感し、かつてあったその「空白」を再体験したい切望や、そのことによって生ずる現代での実生活の不具合、そして誰しもが何かが終わった後の時代に生きているという観念への到達などにも、とても共感を覚えました。だからこそ、この問題を、安易に答えを提示して人助けを目的に掲げて「読みやすい」ように装丁したりせず、訥々と自身と周辺と世界へと視野を広げたり狭めたりしながら思索と行動を重ねて行く記録をこうして書籍の形にまとめ上げた著者が、そしてその実現を支援した人々が、凄いなと思いました。直ぐに答えを出して現状に対処するのでなく、思索を深めることができる、色んな人に話を聴いたり色んな物事を調べたり、少しずつ実験を重ねて自分自身の感覚や思考や行動を見つめ直したり、それを書いて行くことで、今この狭間の時代を生きるその世代の人間の一人としての感覚を残しておくことができる、そんな希望を抱かせてくれたのです。そんな一歩一歩の積み重ねで、誰かからの受け売りでなく自分自身の思索が生み出される。私は、そんな一歩一歩を刻むことの大切さを、この本を読んだ数ヶ月間に味わいました。

 しかし読んでいるのは私ですから、きっと、これから何かが急激に変わる訳ではなく、またいつものように接続環境が無いと不安を感じたり、朝起きたらすぐにスマホを手に取って通知を確認したり、送ったメッセージへの相手の反応を期待したり恐れたり、いつの間にか検索に時間を費やしていたり、そんな数えきれない失敗やどうしようもない己の弱さに辟易としながらも、少しずつ何かを意識して変えて行くのだろうか、と思います。
 そう、本を読んでも、映画を観ても、私は急激には変われないのです。でも、この本を読みながら、接続を少しオフにしてまっさらな手帳とシャーペンを持って考えを書き記したり、少し目を閉じて感じたことや考えたことを自然に任せて整理させたりといったことを積み重ねて来た中で、デジタルやネットワークとの付き合い方について少しは成長できたのかなぁと思います。
 読み終わってしまった今、また読み直して行くかもしれないし、また新たな本に出会って読み進めて行くのかもしれませんが、これからも、あ、いけないなと思ったその時に、己の頭と体で己の感覚や考えを綴って残して行こうと思います。

 今のところは以上を、noteに留めておきます。しかし文末に「と思います」が多いですね。すみません。もうちょっと考えを深めて編集してちゃんとした感想文にしたいなぁなどと考えているところです。お読み下さり、ありがとうございます。——もしかしたら、すぐ発表しないで寝かせることが、「空白」の一つなのかも...。

『オンライン・バカ 常時接続の世界がわたしたちにしていること』
"The End of Absence: Reclaiming What We've Lost in a World of Constant Connection"
著者:マイケル・ハリス Michael Harris
和訳出版社:青土社
訳者:松浦俊輔
和訳発行:2015年8月
原書出版社:Current社
原書発行:2014年8月

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