【第2章】その34 ✤双子のウルスラとアリス
※小説のウルスラとアリスのイメージ画像です。
1455年5月、その後30年ほどに渡って続いた薔薇戦争が始まったのはその頃だった
ところで1454年7月のその頃というのは、エドワードとベアトリスは12歳、エドムンドは11歳の頃で、双子が誕生した時、エドワードは騎士の教育のためにこの居心地の良い家族の住む城を離れていたものの、エドムンドはまだラドロー城にいたときだった。
ベアトリスはセシリーの手伝いをよくしていたので、産後の細々とした世話も任されるかと思いきや、セシリーから特に何も言われなくて残念に思っていた。2年前に末のリチャードが生まれた時はベアトリス自身もまだ10歳だったので、それほど上手に赤子の世話をすることはできなかったのだが、あれから2年経ち、背も伸びたし、セシリーにお願いされたらどんな手伝いでもしようと思っていたのだった。
リチャードも赤ちゃん時代とても可愛らしかった。赤ちゃんというのは生まれて数ヶ月は特別な良い匂いがするものということも知っていた。その良い匂いの赤ちゃんをもう一度抱っこしたいと思っていた。
エドムンドと妹達エリザベスとマーガレットも赤ちゃんに会う日を楽しみにしていたのに、しかし今回セシリーはなかなか赤ちゃんを連れて部屋から出てこなかった。
どうやらウルスラという女の子が誕生したらしいということまでは公表されて知っていたし、生まれてすぐの洗礼式も終わっていたようだ。通常は洗礼式に家族も参加するというのに、今回は父と母と数人の親戚だけがミサに参加しただけで、その後3ヶ月過ぎてもその赤ちゃんを部屋から出そうとせず、兄弟姉妹にも会わせようとしなかった。
セシリーはマーガレットが生まれた後に、3人の男の赤ちゃんを立て続けに生まれてすぐに亡くしていたので、神経質になっていたというのもあるのだろう。でも一番の理由はどうやら今回の赤ちゃんもまた身体が弱そうだからという理由のようだった。
しかしある日マーガレットが言った。
「小さい赤ちゃんを見てみたいわ。私の妹なのよ」
一番小さい妹扱いされるマーガレットは、自分にもやっと妹が出来たと知り、とても喜んでいたのだ。
エリザベスも言う。
「ねえ、こっそり見に行ってみない?」
セシリーが用事のため、お付きの女官達と外出する日を狙い、赤ちゃんのいる部屋に入ってみることにした。乳母の女性が部屋を出る隙きを見て、急いで4人でその部屋に入ったのだ。
貴婦人にのみ許される高価な装飾品が置かれている部屋の隅に、小さいベッドがある。
しかし中を覗いたエリザベスとマーガレットの2人が
「あっ!」っと声を上げたのでベアトリスも慌てて覗いてみると、そのベッドには2人の赤ちゃんが寝かされていたのだ。
白いレースが襟に付いた服を着せられた2人の赤ちゃんは同じプラチナブロンドの髪の色で、顔立ちもよく似ていた。
エドムンドは一瞬険しい顔をした後、直ぐに
「さぁ、もう出よう」と3人に言うと足早に部屋から出ていってしまった。
「赤ちゃんを抱っこしたかったのに」と言う妹達に
「今日2人の赤ん坊を見たことは誰にも言うんじゃない、もし言ったらお前達のお尻を叩くからな」と厳しく言い、その言葉に妹2人は震え上がり、その場から急いで逃げていった。
その時のエドムンドの剣幕から、妹達2人は赤ちゃんを見に行こうとはもう言わなくなったのだが、それからエドムンドはベアトリスと2人だけで時々赤ちゃん部屋に忍びこむようになった。
そのうちに2人の赤ちゃんは別々のベッドに寝かされるようになり、1人の赤ちゃんは実際見るからに病弱そうだったけれど、もう1人の赤ちゃんはベアトリス達を見ると笑うようにもなった。
ところがあまりに可愛らしかったので、2人で赤ん坊を抱きあげてあやしていた時に、突然セシリーの女官の1人が部屋に戻って来たため、エドムンドとベアトリスがその場にいることを見られてしまい、それはセシリーの知るところになった。
セシリーは2人を呼んで言った。
「今、お父様が大切なこの時に、双子を産んだということは世間に知らせることはできなかったのです」
その頃にはベアトリスはエドムンドが双子を最初に見た時に一瞬見せた、険しい表情の意味がわかっていた。
でもセシリーの
「信じておくれ、2人共正真正銘、私とお父様リチャードの子供だということを」という言葉はエドムンドを安心させた。
「お父様と相談した結果、1人は半年経つのを待ち、よそへ預けることにしたのです」
それを聞いてエドムンドは思った。
「父も知っていることならば、母の不義で出来た子供のわけがないではないか」
ベアトリスもまたこのように思った。
「あの美しい髪の色だけではなく、顔立ちはなんとなくエドムンドや、エリザベスそしてマーガレットにもよく似ているわ」
そして生まれて5ヶ月が経った頃、女官の1人が病気になり、ベアトリスも赤ん坊の世話を手伝うことになる。
双子の名前はウルスラとアリス、どうやらセシリ-は病弱そうなウルスラを手元に置こうと決めたらしい。
ウルスラは本当に身体の弱い赤子だったので、まだ自身も子供のベアトリスには手がかかるウルスラよりも健康なアリスの世話を任されることのほうが多かった。
よく笑う可愛いアリスはベアトリスの事もどうやら認識できるようだった。ベアトリスが世話をするようになり、エドムンドはもちろんエリザベスとマーガレットも双子達を見に来る機会が増えた。双子の事は世間には秘密でも、家族内では公然の秘密となっていたのだった。
このことを一番知られたくないランカスター家に縁があるベアトリスではあったものの、セシリーはベアトリスのことは自分の娘同様に心をかけていて、なのでベアトリスも自分の家族へ対して同じ気持ちだろうと信じていたセシリーは、ベアトリスに対してなんの警戒心もなかった。
ベアトリス自身も両親が亡くなってここに引き取られてから、ランカスター家とは繋がりもなくなった今、この家の人達が自分の家族と思っていた。セシリーは優しく、それにここには大好きな可愛いエリザベスとマーガレットと、そしいつも側にいてベアトリスのことを心にかけてくれるエドムンドもいる。
それに、そもそもランカスター家に縁(えん)があるのはベアトリスだけではなくて、もちろんセシリーも同じだったわけで、この頃のイングランド王室の血縁関係は複雑で、血の繋がりは大きな意味を成す時もあれば、全く無意味な時さえもあったのだ。
半年が過ぎ、ついにアリスを遠くへ送り出す日が来た。ロザリオが入ったヨーク家の印である白い薔薇が描かれた青い袋と、アリスがせめて寂しくないようにと小さな木の人形が用意され、何人かの女官と旅立つ前の日、たった1ヶ月とはいえ、毎日世話をしていたアリスがいなくなるのは悲しくてしかたなかった。
塞ぎ込んでいるベアトリスにエドムンドは言った。
「いつか僕がアリスを迎えに行くよ、だからアリスも戻って来るし、ウルスラもきっと元気になって、この可愛い双子の妹達と一緒にまたみんなで楽しくここで暮らせるさ」
明るいエドムンドに言われると、いつかそんな日が来るのに違いないと、ベアトリスにも思えてくるのだった。
ところが、その数カ月後になんとウルスラは突然亡くなってしまう。運命とはなんと皮肉なことだろう、あと数ヶ月アリスがこの城に留まっていれば……こんなことを考えるのは不謹慎だとしても、あるいはあと数ヶ月前にウルスラが亡くなっていたのだとしたら、その後のアリスの運命は全く違ったものになっていただろう。でも果たしてどちらの方が良かったのだろうか。それは今の時点ではまだ誰にもわからない。
しかし、ウルスラが亡くなったからと言って、その時はもう遠くにいってしまったアリスを今更呼び戻せるわけにもいかず……そんな頃に、イングランド史上最も有名な戦争が勃発する。その戦争に大きく関わっていたヨーク家にとって、遠くへやったアリスのことまで考える余裕はなくなってしまったのだった。
1455年5月、その後30年ほどに渡って続いた薔薇戦争が始まったのはその頃だった。
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