52話の考察(本誌・ネタバレ有)
(2023/08/06 01:50更新)
矢代を優しく抱かない百目鬼
51話の終わりであのまま以前のように百目鬼は矢代を抱くのか、それとも極道に入った際に抱いた決意に背かず何もしないのか、あるいはどちらともいかないうちに横槍が入るのかのいずれかと思われたが、結局百目鬼はあのまま矢代を抱いた。しかし、それは5巻の時とは真逆の激しいものだった。
途中までは、以前と同じようにとはいかないまでも「犯す」という言葉とは裏腹に、それなりに丁寧な愛撫から始めていた。噛んだり執拗に指だけで責め立てるなど、サディスティックな面はあるにせよ、矢代の反応を見ながらことを進めており、まだ理性のうちにあるように見える。
しかし、伏した矢代が蠱惑の表情を向け、百目鬼の名前を読んだ瞬間に理性のタガは外れてしまう。
4年前、同じように伏した矢代に百目鬼は「欲しいと言ってください」と言ったが、矢代は答えようとも、百目鬼の顔を見ようともしなかった。しかし今回は、紅潮させた顔を向け、声を上ずらせて百目鬼の名前を呼んだ。百目鬼にはそれが矢代が自分に欲情して「欲しい」と言ったように見えた、聞こえたに違いない。そしておそらく同じその顔を井波にも、他の男にも見せているのだ(もちろんそれは百目鬼の誤解であるが)。
自分も他の男と同じように求められるようになってしまった。その瞬間に理性では抑えきれない嫉妬と執着心が爆発して燃え盛ったのだろう。もともと百目鬼は静かに見えても、内面に旧火山のような強く激った思いを封じ込めているタイプだ。一度噴出してしまったら止めることなどできないのだろう。
喘ぐ矢代の口に指を突っ込み、矢代の反応など顧みずひたすら自分本位に責め立てる。矢代の口も執拗に自らの口で塞いで言葉すら発するのを許さない。あたかも全身で「あなたは俺のものだ、誰にも渡さない。何も言わさない。」と叫んでいるようだ。
4年前の再現
秋川さんがスペースで話した通り、今回の2人のセックスは基本的に5巻の構成の再現であるが、より激しく即物的なものとなっている。特に百目鬼は、以前のような優しさとは正反対に、執拗かつ問答無用に責め立てる。4年前は不器用ながらも心のつながりがあったが、今回は激しくぶつかり合う身体とは逆に、お互いの思いは全くすれ違ったままである。
ここで気になったのは、この悲しく激しいセックスが「どうしても触れられない」で外川が別れを決意して最後に嶋を激しく抱くシーンと酷似していることである。このまま百目鬼はこれを最後に自分の矢代への想いに終止符を打ってしまうのではないか。矢代にとって自分は井波や城戸と同じ、病的な男好きを満たす存在の一つに成り下がってしまった。矢代への執着はもう無意味だと思ってしまうのではないか。
昔の百目鬼を諦めた矢代
「昔のお前なら・・・」で言葉を止めた矢代は、「嫌味に気がつかない朴訥な百目鬼はもういない。あの頃のような(優しく温かな)関係にはもう戻れないのだ」と改めて自分に言い聞かせている。45話の「まるで俺だけが」や、49話の「変わってねえんだな、そういうとこは」というセリフから垣間見える「百目鬼は強がっているだけで昔と変わってない。あの頃のように戻れるかもしれない」というような(あるいは無意識の)淡い期待をここで自ら絶ったわけである。
コンタクトレンズケースが表すもの
2人が部屋に入った段階では段ボールの蓋は閉じていたが、終盤近くでは明らかに蓋が開いている。備え付けのクロゼット以外に収納が何もないということは、あの段ボールに入っているものが百目鬼の私物のほぼ全てが入っているということだろう。そして不自然に一番上に置かれたコンタクトレンズのケース。
ヨネダ先生がTwitter上で「矢代は気づいていない」と書かれたので、目には入ったけれどもそれが例の百目鬼が持ち出した影山のコンタクトレンズケースだと矢代は気がつかなかったということだろう。視線は止まっているので見えなかった、と言うわけではないと思われる。
矢代が気が付かなかったなら、何のために先生はあえて52話の終盤でこのケースを描いたのか。
20年間大事に、しかも自慰の道具ばかりが入った引き出しの中に保管していたもの。かつてそこまで大事に持ち続けていたものを再び目にしても、それが例の失ったものとは気が付かないものだろうか。また、そんなものが部屋を引っ越す時に不自然になくなったことに気が付かなかったのか。気がついても、失ったことに大したショックは受けなかったのか。
もう矢代にとって影山はその程度になったという表れ、だと考えるのが自然だと思われるが、あえてここでそれを描く必要があるかといえばない気もする。4年前に百目鬼が現れた時点でもう矢代の中で影山は過去になりつつあったし、4年後も井波にしか頼れない状況と言う時点で影山の存在は矢代にとって限りなく薄くなっていることは明白だろう。
となると、あれは矢代というよりは百目鬼の心情を表しているのではないか。
蓋の位置からして百目鬼は矢代が目覚める前に段ボールを開け、この小さなものを取り出し、あえてここに置いたのだ。あのように小さなものが、普段からあのような位置に置かれているのは不自然だから、取り出してあえて目に留まりやすい一番上に置いた可能性が高い。だとすればそれはなぜか。
可能性として考えられる一つは、先述のようにこのセックスをきっかけに百目鬼は矢代とのつながりを終わりにしようと考え、かつて勝手に持ってきてしまった矢代の大切なものを返そうとして取り出したのだ。百目鬼は影山の存在が既に全く自分で塗り替えられたいうところまでは知り得ていない。自分が去った後で、矢代は再び影山への想いを胸に、不特定多数の男と寝る生活を続けていたと百目鬼が考えていてもおかしくない。矢代にとって影山は今でも「ただ1人の寝ることができない惚れた人間」であり、自分はその他の男と同じになってしまったことに絶望し、矢代への想いを終わらせようとしたのだ。が、やはり矢代への思いを断ち切ることはできず、ケースを箱に戻した。
しかしこれは、のちに秋川さんとの会話で百目鬼の執着心はそんなに甘いものなのか?という疑問が生じたので、可能性的には低いと思われる。
もう一つの考えは、矢代がまだ影山のことを思っているのかを確かめるために、あえて目につくように取り出して置いておいたというもの。現時点での影山と自分のポジションを確認するためである。もしも矢代がそれに気づいて「返せ」といえば、矢代にとって影山はまだ唯一無二の存在として変わらない、ということになるだろう。
いずれにしても不可解な描写であるが、53話以降どのように回収されるか楽しみである。
加速し始めた展開
心が通じ合ってというわけにはいかなかったが、身体が通じ合うことでようやく2人の関係の歯車が回り始め、同時に桜一家の火種も急速に大きくなり始めた。
明らかに距離を縮めた2人の空気に、七原と神谷はどういう反応を見せるか。