51話から見えた7巻以降の百目鬼の心

※51話のネタバレを含みます。

51話を経て、7巻以降全く描かれていなかった百目鬼の心の内がようやく見え始めたと思う。セリフとして書かれていないことは主観による推測の域を得ないが、極力そう考える根拠を踏まえた上で、以下のように推測する。


百目鬼の刺青と決意

51話で百目鬼が背中に刺青を入れていることが判明した。百目鬼の背中の刺青と言えば、美術手帖のインタビュー時に公開されたコンセプトアートがまず頭に浮かぶ。ヨネダ先生の頭の中では、かなり初期の段階からこのことが想定されていたということだろう。

百目鬼はいつ刺青を入れたのか。恐らく7巻で最初に登場した時には既に入れていたと思われる。色の入った刺青は白いシャツでは透けてしまうが、この時点で黒いシャツを着ている。ということは、透けて見えるぐらいに色が入った刺青が彫られていたということだろう。

51話では全容が見えなかったが、龍らしい鱗と背鰭のある長い動物、羽衣のような柔らかい布のドレープ、孔雀か鳳凰の尾羽、蓮の花が見えたので、龍騎天女ではないかと思われる。蛇と言えば弁財天が思いつくが、弁財天には羽がない。菩薩も龍を従えたり、羽をつけている仏画は見当たらないので、恐らく迦陵嚬伽のような飛天ではないだろうか。

隠れていた顔は恐らく矢代似なのだろう。このことから、百目鬼は極道の道に入るにあたり、矢代への想いを一生身体に背負って生きていくと決意したと言うことだろう。

百目鬼も二度と矢代に会うつもりはなかった

矢代に似せた仏画の刺青を入れた時点で、百目鬼は二度と矢代への想いを遂げるつもりはなかったと思われる。

再び矢代との関係を修復して前に進むつもりならば、矢代の刺青を背中に彫る必要はない。百目鬼は矢代が極道の世界から自分を遠ざけたがっていることを知っていた。だから百目鬼が刺青を入れることを矢代が良しとするはずがないことも解っていたはずだ。もしもう一度矢代との関係を望むなら、矢代が一番避けたかったものを矢代の形にして背中に入れるはずがない。

出世するつもりがないのも、同じ東京のヤクザの世界で名が通ってしまえば、どうしたって矢代の耳目に入ってしまうからだろう。

天羽に「自分を曲げてでも同じ世界で生きていたいと願うのは馬鹿な発想でしょうか」というセリフかたも「ただ同じ世界で生きていけたらそれでいい」という意思が垣間見える。

もともと百目鬼は矢代の想いが自分と同等になったり、それ以上の関係になることを期待していなかった。全くというわけでもないが、実現できると思っていなかった。6巻末の屋上までは、「何者か」にはなれたとしても、飽きたら捨てられる程度の存在と思っていた。

しかし、七原の言葉によって、矢代もまた自分と同じ想いを抱いていたことに気がついた。しかし、嫌だというのを無視して抱いてしまったために、その気持ちを傷つけ、側にいられる道を自ら潰してしまったことにも気づいた。

日が暮れるまで考えた結果の決意が、「矢代と同じ極道の世界で生きる。でも二度と矢代と会わない。もし会っても肌を見せるような関係にはならない。もともとそのつもりだった。ただ同じ世界で、あの人を見守って生きていく。」であり、その証として背中に刺青を彫ったのだ。

背中全面に色の入った刺青を入れるのは相当な痛みを伴うそうだ。恐らく、矢代がこれまでの人生で受けた痛み、百目鬼を想いながら受け入れられなかった痛みを、刺青を彫るそれに准えて背負って生きていく、という意味だったのではないか。

「俺ともできますか」の意味

そう決意したとしても、やはり出会ってしまった。とはいえ、出会った当初は関係を修復するというような考えはなかっただろう。ただ、4年の間に矢代が変わっていること、「惚れた男と寝る」経験を経た結果、男とのセックス依存から抜け出せていることは願っていただろろう。

しかし矢代は井波との関係を続けていた。百目鬼の心の中に湧き出た感情は、まだ自傷行為のようなセックスを続けている矢代へのもどかしさ、失望、怒りだったろう。と同時に、矢代の「たかが4年でどうして変わってると思ったんだ?」のセリフで「自分への想いもまだ変わっていないかもしれない」という淡い期待も起きたと思われる(矢代の言葉で目を見張っている顔)。

百目鬼が「変わらないなら 俺ともできますか?」と言ったのは「変わらないなら、俺とはできないですよね?」という意味なのだ。

この部分、かなり前から違和感を感じていた。百目鬼が何故このタイミングでそんなことを言い出すのかが不可解だった。曲がりなりにも以前は上司だった人間で、捨てられた今は表面上は全くの他人である。にも関わらず再会して突然「自分とやれるか」と聞いてくるなど不躾極まりない。「なんだそのいけすかねえ理屈は」「できますかって何だよ どこ目線だよ」という矢代の不機嫌そうな回答も最もである。

極道の世界であっても、いやだからこそ、一度寝たぐらいでそんな不遜で上から目線の言動をする理由がわからない。一体何を聞き出したいのか。その答えがYESだった場合どうするのか。百目鬼は矢代にとって男と寝る行為が何であるか、自分が矢代と寝た結果どうなったかを忘れたはずがないのに。

しかしその後の百目鬼の言動は、矢代の想いがまだ自分に残っているかを確認するためだったのだ。

想いがあっても部下とはしない。でも自分はもう部下ではない。だから部下だからやらないというルールは適応しない。やれるということは、「どうでもいいやつ(三角の言葉)」に自分がなってしまったということだ。逆にやれないのなら、変わっていないのなら、矢代はまだ自分に想いがあるということになる。

そして「やれよ」という強気な言葉とは裏腹に、抱き寄せた百目鬼に矢代は抵抗した。「やれと言ったのにどうして抵抗するんですか?」という百目鬼の顔が優しげなのは、矢代の抵抗に安堵感と変わらない愛しさを覚えたからだろう。そして神谷の横槍が入ってキスが出来なかったことに、一瞬安堵らしき溜息をついている。できないでいて欲しかったのだ。

この場面での「変わらねえのは身体ぐらいか」という矢代の言葉は、百目鬼が黒いシャツを着ている、すなわちすでに刺青を入れてしまっているとすれば、かなり残酷な言葉である。あれだけ愛しく思っていた矢代の髪を乱暴に掴むのは、その残酷さへの怒りによるものなのか。

いずれにしても、百目鬼はこの時点で矢代の自分への想いがまだ消えていないと察したと思われる。

百目鬼を翻弄し続ける矢代

想いが残っているように見えるだけでなく、矢代は百目鬼に「どうにかされたがっている」そぶりも見せる。

しかし、思わせぶりな態度を見せながらも、いざとなれば抵抗する。抵抗するくせに手淫だけでも大いに身体は感じている。お前がいいわけじゃないと言いながら、自分以外の男(井波)と同じような乱暴なプレイは拒む。

百目鬼には矢代が自分にどうして欲しいのかがわからない。矢代は百目鬼が自分に手を出したから捨てたのではなかったのか。

この人は俺にどうして欲しいのか。俺に抱かれたいのか。惚れた男と寝られるようになったのか。それとも一度寝たことがあってまだまだ想いが残っている男とやってみたいだけなのか。ならば何故自分には抵抗するのか。

綱川邸から戻った後に、神谷を押しのけて自分を部屋に引っ張り込んだくせに、この後に及んで本心をはぐらかす矢代に、百目鬼はそれを見抜きつつ、苛立っていく。疲れて眠いと拒まれても強引に手荒な手淫に及んだのは、その苛立ち故だろう。百目鬼の心を振り回す矢代への懲罰的な意味もあるかもしれない。

「俺が犯せば満足ですか」

その苛立ちと怒りは、ママとのやりとりを見た矢代が当て擦りのように城戸のところへ転がり込むことで最高潮になった。

あなたにとって俺は一体何ですか

あなたは俺にどうして欲しいのか。あなたにとって俺は一体何なのか。

人生で唯一の特別な存在なのか、既に誰でもどうでもいいやつの1人なのか。井波のように俺に犯されたいのか。あの日のように優しく抱かれたいのか。

仮に素直な答えを聞いたとして、今ここで素直になれるなら、自分はなぜ4年前に捨てられたのか。自分の決意は、4年の間の痛みはなんだったのか。

もうこれ以上俺を振り回さないでくれ。

「今更 形だけ拒むんですか」
には矢代の曖昧な態度に振り回されることに対して、我慢の限界に達した百目鬼の怒りや悲しみが見える。

(必ずしも自分からそう仕向けたわけはないという意味で) 本人に悪気があるわけではないにせよ、平田の部下、平田、竜崎、その他本気になったため捨てられた人間含め、矢代に振り回されて自滅したり、命を落とした人間がたくさんいる。

7巻の綱川邸の風呂場で竜崎のことを話した矢代に百目鬼が呆れ、苛立っているような顔をしているのも、矢代を守るために命を落としかけ、服役している竜崎に対する矢代の鈍感さ・冷酷さへの同情と、矢代の人を巻き込むことへの無頓着さへの呆れによるものだろう(これに関しては秋川さんの気づきから)。

矢代の答え

そしてその「俺はあなたにとって何ですか」に対する矢代の答えが、百目鬼の刺青に対する爆発的な怒りだった。

百目鬼に対し、あそこまでの激情を矢代が見せたのは初めてのことだったろう。

だが、百目鬼は矢代がそうするであろうことをわかっていた。もしまだ自分に想いがあるならそうするはずだとわかっていたから、殴られても抵抗しなかった。

そしてそれが百目鬼が矢代から一番欲しかった答えだった。同様に矢代にとっても、そこまでして自分に真剣に向き合おうとする人間にようやく辿り着けたのだ。

激昂によって感情を取り戻した2人

もともと「感情を表に出さない子供」で、葵のことでさらに感情を押し込めた百目鬼は、矢代に出会うことでそれを取り戻した。秋川さんの言葉を借りれば「ブリキの人形」が心を手に入れたのだ。

しかし、矢代との別れによってその心はさらに深く冷たい海の底へ沈んでしまう。

表情も言葉も乏しく、言われた汚れ仕事を淡々とこなすだけの日々。ただ「矢代と同じ世界で生きる」というプログラムだけで生きる、ブリキのロボット。

傷ついた心を抱えて漂泊していたのは矢代だけではなかった。百目鬼もまた、感情を失い、4年間を生きながら死んでいたのだ。

凍てついた互いの心をもう一度溶かしたのは、互いに対する烈火のような怒りだった。

51話で最高潮に達した百目鬼の怒りは、葵と父親の姿以来の激しい感情だったかもしれない。

俺はあなたに全てを捧げると決めた。心も、身体も、家族も、人生も、全てを。その覚悟でこの4年を生きてきた。そしてこれからも。あなたはどうだ。あなたにとって俺はなんだ?あの時俺に銃を向け、俺を忘れたと嘘をついて捨て、そして今ここにいるあなたにとって、俺は何だ?

本気で俺を求めるなら、本気で俺が欲しいなら、誤魔かすな。逃げるな。

「今更」のセリフに込められたのは、百目鬼がずっと心の奥底に封じ込めていた、烈火のような矢代への想いで、この瞬間百目鬼は再び「感情」を取り戻したのだ。

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