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傷痕と時の結晶――チェーザレ・パヴェーゼ『美しい夏』
過ぎ去ろうとする時を生きる女がいる、過ぎ去ってしまった時を見つめる女がいる。「あのころはいつもお祭りだった」――あの美しい夏の夜々に16歳のジーニアは、居ても立っても居られず家から抜け出し街の通りを歩き続ける。そしてその夏、彼女は画家のモデルをやっているらしい19歳のアメーリアと出会う。しかし、チェーザレ・パヴェーゼの『美しい夏』(河島英昭訳、岩波文庫)は、その作品名や美しい冒頭から想像しうるも
もっとみる死の物語、死と物語――クラリッセ・リスペクトル『星の時』
「名もなき悲惨」、それはどこにでもあるような、あからさまな物語――クラリッセ・リスペクトルの『星の時』(福嶋伸洋訳、河出書房新社、2021年)に描かれる、リオのスラム街で暮らす19歳の北東部から来た女・マカベーアの生も、そういった物語の一つにすぎないのだろうか。しかしまた、この小説にはもう一人の主人公がいる。マカベーアの物語を書いている「ぼく」、作家であるロドリーゴ・S・Mだ。幾度か「あなたがた
もっとみる中井久夫「戦争と平和についての観察」から、いくつかのメモランダム
精神科医・中井久夫による「戦争と平和についての観察」は、主に二十世紀の戦争と、戦時下――戦前・戦後も含む――における人々の心理的動向を分析の対象として、戦争と戦争犯罪がどのようなメカニズムで起こるのかを簡潔かつ精緻に描き出した論考である。いつ読んでも示唆に富む内容であることは言うまでもないが、「いま」読み返したとき、よりいっそうアクチュアルに響く文章をいくつか抜き出してみよう。
引用は『中井久
それでもなお〈トラブル〉を引き受け直すこと、あるいは「出会い」を到来させるために――藤高和輝『〈トラブル〉としてのフェミニズム』
たしかに生は、己の与り知らないトラブルに直面し巻き込まれ続ける混乱の過程である。しかし、己の与り知らないトラブルを、それでもなお己の身において〈トラブル=とり乱し〉として引き受け直すとき、生は、新たな〈トラブル=問い〉を創造することを繰り返す予見不可能な過程となる。
藤高和輝の新著『〈トラブル〉としてのフェミニズム――「とり乱させない抑圧」に抗して』は、ジュディス・バトラーと田中美津から受け継