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ブックカフェでたまたま読んだ一冊の本が教えてくれたこと #今年学んだこと

新卒から5年間、福祉施設の職員として働いてきた。

会社は何社か転々として、時にはゲームセンターの裏方なんて仕事にも就いていた時期もあったが、基本的にはずっと福祉畑でやってきた。

仕事が出来る方ではないが、出来ないなりに努力して、それなりの知識やノウハウは身に着けてきたつもりだ。

福祉の仕事は楽しい。利用者が笑顔になったり、成長したりしていく様子を見ると、この上ない喜びを感じる。

『利用者がより良い方向に進めるように、促していくのが自分の役目だ』
そう思っていた。去年までは。

なぜ過去形なのか。

それは、利用者のより良い「笑顔」や「成長」を望むのは、あくまでこちら側のエゴに過ぎないということを学んだからだ。


あれは、今年の7月中旬のことだった。

私は、一人で都内にあるブックカフェに来ていた。一緒に遊ぶ予定だった友達が急遽仕事の都合で来れなくなり、暇になったからだ。

オシャレなブックカフェには、多岐に渡る分野の書物や雑誌があった。どれも面白そうだったが、私は福祉のコーナーで足を止めた。

そこで出会った本が、坂川裕野著の『亜由未が教えてくれたこと』。表紙の、亜由未さんの朗らかな笑顔に惹かれた。

亜由未さんは重い障害を持つ女性。この本は、亜由未さんの兄かつディレクターである裕野さんが、『障害を生きる』亜由未さんと家族の日々を記録したものだ。NHKの番組を基に出版化された。


私は、この本を読んで、ある男性のことを思い出した。

学生時代、とあるご縁で関わりがあったその方も、亜由未さんと同じく重い障害があり、常時介助が必要だった。

当時の私は、比較的軽度な障害のある方と関わることはあったが、バギーが必要・食事や排泄を自力で行うことが困難・発語が難しい、といった重い障害がある方と関わるのは初めてだった。

「はい、笹野さん、挨拶して」

先輩にそう言われて、私は緊張した声で挨拶をした。

「こんにちは、笹野と言います」

「………」

返事は来ない。男性の視線は私を捉えていない。私という存在を認識しているのかさえ、わからなかった。

『私はこの人に、一体何が出来るだろう?』

その疑問が浮かんでも、納得の行く答えが、いくら考えても見つからなかった。

先輩の指導の下、簡単な支援はしたが、その男性は無反応。反応することが難しいというのも障害の症状の一つだとは知っていても、どうしてものれんに腕押しのような感覚があった。

結局、この男性とは数回接しただけで、その後関わることはなかった。それでも、あの無力感は、喉の奥に刺さったように取れなかった。

就職して、私は比較的軽度の障害のある方と関わることになった。「どうしたら利用者の笑顔を引き出せるか」「もっと利用者の成長をサポートしたい」という想いで日々の支援にあたっていた。

『あの男性に、私は何も出来なかった』その後悔を頭の片隅に抱えながら。


さて、『亜由未が教えてくれたこと』では、こんな場面がある。亜由未さんから笑顔を引き出そうとする裕野さんを、お母さんが諭すのだ。

言葉のディティールは実際に本を読んで頂きたいが、要約すると『色々な顔があるのが普通』『笑顔ばかり求められると、幸せか幸せではないかという基準で判断することになってしまう』という内容だった。

これを見て、私は衝撃を受けた。私はこの本を読むまで、利用者から「笑顔」や「成長」を引き出すのが大事だと思っていた。

でも、お母さんが言うように、利用者だって、私たちと同じ普通の人だ。

四六時中笑顔なわけじゃなくて、時には泣いたり怒ったりする。

年がら年中成長するわけじゃなくて、たまにはダラダラしたっていい。

幸せな瞬間もあれば、そうでない瞬間もあるだろう。

「笑顔」や「成長」はあくまで結果であり、それを家族や支援者から求められたら、障害のあるその人はしんどくなってしまう。

『促していく』んじゃない。大切なのは、その人がどんな状態であれ、一緒に過ごすことであり、一緒に生きることであり、一緒に探索することだ。


ブックカフェのカウンター席で、私は雷に打たれたように本を何度も読み返した。買って帰って、家でも読んでいる。

数年間、福祉畑でやってきて、福祉のことはある程度わかっているつもりになっていた。でも、私はまだまだヒヨッコだったようだ。

障害のある方を支援するというのは、どういうことなのか。

今年は、『亜由未が教えてくれたこと』の一場面からその一端を学んだ。これからも、色々な本を読んだり、研修に出たりして、学びを深め、『福祉』をもっと知りたい。

そして、目の前の利用者の笑顔や成長を促すのではなく、その人と一緒に過ごして、一緒に生きて、一緒に探索していきたい。来年はそんな年にしていけたらいいなと思う。

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