お昼過ぎのまどろみで見たのは【八〇〇文字の短編小説 #41】
クーラーの風が涼しくて気持ちよくてうとうと眠ってしまった。
お昼過ぎのまどろみで見たのは、昔、付き合いそうだったけれど付き合わなかった子との夢だ。ほの暗いカフェで恋人同士みたいに向かい合って、アイスコーヒーをほとんど飲み終えていた。付き合っているのかどうかはわからない。
彼女は「このあとどうする?」と言ってきた。ぼくは黙っていた。ほかに客は誰もいない。彼女は「もうすぐハッピーアワーだからわたしはビールを飲むわ」と言う。窓の外を見ながら「わたしたちがハッピーかどうかはわからないけれど」と苦笑した。
彼女は北欧を特集した雑誌のページを繰り、煙草をふかす。「いつか一緒にフィンランドかノルウェーに行きたいな」とつぶやく。彼女の煙が、冬にはく白い息のように見えた。「うん、北欧は楽しそうだ」と答えると、彼女はうれしそうな顔をした。
カフェの音楽が変わった。軽快なイントロが始まると、彼女は「あ、この曲、よく聴いてるよね」と言った。ティーンエイジ・ファンクラブの「アイ・ドント・ウォント・コントロール・オブ・ユー」だ。ぼくは「ティーンエイジ・ファンクラブは世界で四番目に好きなバンドだ」と言った。彼女は「四番目なのね」と笑った。そのあと、二人とも黙って音楽を聴いていた。
クーラーが冷たく感じて、ぼくはこれは夢だと気づく。彼女はもう二度も結婚していると聞いたことを思い出す。また夢のなかに戻ると、彼女が「なぜ付き合ってくれないの?」と訊いてきた。彼女はぼくに本当の恋人がいることを知っている。ぼくは黙ったまま、グラスから氷をいくつか口のなかに入れ、がりがりと噛んだ。
カフェの音楽がまた変わった。スマッシング・パンプキンズの「1979」という曲だ。ぼくたちが生まれる前の年を歌ったこの曲もよく聴いているのに、彼女は何も言わなかった。おいしそうに煙草をくゆらせていて、ぼくの視界がぼやけてくる。
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