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『落下の王国』〜汝、落下を畏れるなかれ


Twitterのトレンドに『落下の王国』が上がってるのに「一体どうしたことか」といぶかしく思いましたら、昨日深夜、日本テレビ局で放送されてたんですね。
地上波で『落下の王国』。なんという羨ましさ。

にしてもいくら何でも盛り上がりに過ぎるのでは、と思ったら、配給元の倒産で今はDVDもブルーレイもむちゃくちゃにプレミアものなんですね。しまった、ブルーレイも買っておけば良かった。
むっちりとかわゆらしいアレクサンドリア役・カティンカ・アンタルーちゃんがもういじらしいわこまっしゃくれてるわでたまらない。今どうしてるんだろうな。




ターセム監督と言えばこれ、『ザ・セル』(余談ですが下のパンフ写真を撮った際、顔認証枠が「あれ? 合ってる?」て感じでゆらゆらしてたのが可笑しかった)。

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これも大変に良い映画でした。もう、ひたと視線を捉えて離さない。瞬きすら惜しい。
こちらが大変好きだったので、『落下の王国』も迷わず観に行きました。
それにしても『落下の王国』というタイトル、優れて素晴らしいです。



パンフレットの表表紙と裏表紙。

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美しい……。
ベートーベンの交響曲・第7番 第2楽章に乗せ、艶のあるモノクロのシーンから始まりモノクロの「落下」で終わる物語。
その間を彩る色彩、強い光と濃い影の乱舞。


映像や音楽や衣装の美しさもともかくも、自分にとって最高に素晴らしいのはこれが「 カタリ(語り/騙り)のチカラ 」を完璧に具現している作品だということ。
「物語」とは、物語られる側と物語る側とが手をとりあって練り上げていくものだと、はっきりと顕されていること。
「物語」とは、語る者と語られる者、双方に変質が訪れるものだということ。



同じく「カタリのチカラ」が炸裂している大好きな映画が『DUST』。
パンフレットどこにしまったか判らない……。

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チリはチリに、灰は灰に。

黒人の青年は、盗みに入った家の老女から、あるきっかけで彼女のルーツに繋がる「物語」を聞かされます。
銃と血の支配する世界に生きる兄と、彼を憎みながらも愛し続ける弟。

語りながらどんどん変化していく「物語」。
語り部を次々と取り替えて、「物語」は進化を遂げていく。
「物語の世界」と「現実の世界」が肉薄する刹那の危うい美しさ。

兄役、デヴィッド・ウェンハムのただならぬ荒くれた格好良さ、マケドニアの女優ニコリナ・クジャカの一点の汚れもなき澄んだ肌とまなざし。
必見です。


それにしても『落下の王国』、日本公開当時は正直興収としては大分ヘタを打ったようですのに、一体どこに、こんなトレンドに上がる程のファンが隠れていたのか。
今からでもこのファンパワーで、どこかの映画館で再上映できないものでしょうか。やっぱり大画面で観たいですよね、この映画。

   

   


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