老いて夫婦で暮らすということ①
老夫婦世帯について、訪問看護や定期巡回介護をしていて思うことを、今日は書いていきます。
まず、介護が必要な世帯には、独居世帯でなければ、介護される要介護者と、介護する家族及びそれに代わる人がいます。
その、介護の形も色々で、元気で、時間もある家族が介護をするのが、無理のない形なんでしょうけれども、なかなかそうはうまく行かないのが世の中で、介護する側も、要介護状態だったりすることも、高齢化社会が極まりつつある現代では珍しいことでは無いのが現状です。
公益財団法人長寿科学振興財団
長寿科学ネットより
『老老介護とは、高齢者の介護を高齢者が行うことです。主に65歳以上の高齢の夫婦や親子、兄弟などのどちらかが介護者であり、もう一方が介護される側となるケースを指します。認認介護も同様に、高齢の認知症患者の介護を認知症である高齢の家族が行うことです。
■老老介護・認認介護の問題
介護が必要になった時、他人よりも身内に介護をしてもらえることは、介護される側にとって安心でメリットがあるようにも思いますが、問題点もあります。2016年国民生活基礎調査によると、要介護者のいる世帯は、「核家族世帯」が37.9%で最も多く、次に「単独世帯」が 29.0%、「その他の世帯」が18.3%となっています。年次推移をみると、「単独世帯」と「核家族世帯」の割合は上昇傾向であり、「三世代世帯」の割合が低下しています。 その影響から「老老介護」「認認介護」「親子介護」等の問題が、年々深刻化してきています。介護者が高齢ともなると、さらに体力的、精神的負担が大きく、介護者の体力が心配されます。共倒れの状態になることも考えられますし、外出の機会も少なくなり、外部からの刺激が得られないこと等からストレスを抱えてしまい、認知症になるリスクも高まります。 また、例えば夫婦間で、介護者が夫、介護される側が妻になった場合、「家事が困難」という問題が出てくることがあります。妻が要介護者となるまで家事のほとんどを妻にしてもらっていた男性が、突然、炊事、掃除、洗濯、ごみ出し、お金の管理等の用事をしなければならなくなるのです。介護以上に家事の困難さを訴える人が多いというのも、男性介護者の特徴の1つとなっています。』
そんな老々・認認介護についての現状を踏まえつつ、今日は、どちらも要介護状態で、二人で暮らしている夫婦について、記事に綴ってみます。
冒頭に載せた、老々介護、認認介護についても色々で、身内と言っても、夫婦とは限らず、親子だったり、兄弟だったりすることもあります。
親子や兄弟だったら、割合に関係性が解りやすいというか、ここまでしか出来ません!っていう線引き案外ハッキリしていて、介護する側に無理が来る前に、介護施設などに入所したり、通所や、ショートステイなどのサービスを増やしたり、外向きに介護を委ねることに躊躇がない感じがあります。
それが夫婦の場合は、ギリギリまで自分たちの中でなんとかしようとしてしまうパターンをよくお見かけします。
ケース①転倒を繰り返す奥さま
奥さまが神経難病、ご主人が片麻痺のご夫婦。
もともとは、ご主人の方が先にご病気から片手足が麻痺になり、着替えなど生活に困ることは奥まが手伝われていました。
家事はもちろん、元々奥さまがされていたので、それが当たり前のように暮らしてこられました。
でも、奥さまの難病がだんだん進行してきて、何度も転ぶようになりました。
少しずつ、奥さまの出来ないことは、(洗濯物外にに干す)などは、ご主人も手伝っておられましたが、基本的には奥さまがすべてやるスタンスは変わらずで、端から見ていてかなり危なっかしい状態でした。
私たち外部の支援者からも、できることはやりますよ!というお声かけをしても、「まだできてるから」と、まだ頑張れるとおっしゃるのでいつでも支援に入れる姿勢で見守っていました
。
お二人は互いに文句を言いながらも、仲がよく、奥さまが入院すると、ご主人はいつも涙を浮かべて寂しそうにされていました。
(奥さまは入退院を繰り返されていました)
そんな風に暮らしていたお二人なんですが、奥さまの難病の症状が悪化し、明らかに動きにくそうになっていて、家の片付けや、掃除がままならなくなってきました。転倒が益々増えて、あちこち痣ができたり、腰を打って腰痛からお風呂にもご自身で入れなくなりました。
そんな状態にまでなって、やっと入浴のお手伝いはさせてもらえるようになった頃、あまりの症状の進行のため受診され、そのまま入院になりました。
奥さまは、突然の入院にかなり抵抗されて、せめて一回帰りたいと言っておられたそうですが、娘さんの説得でなんとかそのまま入院。
その事をうけて、ご主人、きっとまた、悲しまれるだろうなぁと思ったら、今回はほっとされたご様子。
「やっとゆっくり寝られる」と、かなり、ここ最近の生活が辛かったことを涙ながらに娘さんやケアマネージャーに打ち明けられていたそうです。
奥さまが転ぶ度に、麻痺で思うようにならない体でなんとか起こされていたようで、それが、夜間早朝構わず、トイレに行く度にしょっちゅう起こされ眠れなかったとのこと。
これまでの奥さまの入院の時のような、「早く帰ってきて欲しい、寂しい」といった言葉はなく、ただただ、ほっとされて、安堵の涙を流されていました。
その様子を見て、ご家族から、退院後は老人ホーム入所を検討すると言われるようになりました。
このケース、二人とも頑張りやさんで、できるだけ、『人に迷惑をかけてはいけない』という気持ちが強いご夫婦。
色んな事ができなくて、環境がどんどん悪くなっていても、他人に頼るわけにはいかないという奥さまの自立心が、自立できなくなっていても手放せずに限界を迎えてしまったパターンです。
転倒した時も、私たち訪問看護や、介護を呼べば良かったのですが、夜中に人を呼び出すなんてことは申し訳ない、という気持ちから連絡されなったのだそうです。
でも、ご主人に関してはは別物なんです。
そこにご主人しかいなかったからというのもあるかもしれません。
でも、また転ぶかもしれないのであれば、次に転ぶことに備えて、転んだ時には人の手を借りるとか、転ばない対策をもっとしっかりするとか出来たはずなのです。
そうしなかったのは、
麻痺があろうと、そこにご主人がいて、
ご主人には頼める。ご主人は助けてくれて当然。
私の問題というより、夫婦の問題は二人で解決するという、一心同体感?
『あなたの問題は私のこと、私の問題はあなたのこと』
そんな風にとらえておられる感じがありました。
娘や息子がいようと、兄弟かいようと、
それは、私たち以外の人。
でも、ご主人は自分の片割れというか、半分であるというか、他人であり他人でない特別な存在なんですよね。
長年連れ添った夫婦って、こんな感じの人が多いなぁと、在宅介護の現場から見ていて思うことが多いです。
子育てを頑張っている時期や、お互いに体も健康で、バリバリ個々で動けている時には、ここまでの感覚は湧かないのではないかと思うのですが、困難なことがじわりじわりと増えてきた老々夫婦世帯には、その一体感?を感じるのです。
あくまでも、個人の感想になりますが、私はそのように見ています。
片方が元気なうちにパートナーに旅立たれたご夫婦は、すっきりとして自分の事にだけ向き合い、要介護状態になったら、周囲に素直に委ねてスムーズに暮らしておられる方が多い気がします。
でも、夫婦二人ともが要介護状態になって、二人でいるケースはスムーズに行かない。
正直、周囲から見ていてややこしい事になっているし、手も口も出しにくい。
でも、特別な一体感があって、その域に行ったご夫婦でないと体験できないゾーンみたいなものがあるように感じるのですよ。
現状シングルの私には、このままパートナーができなければ、こんな未来は体験できないわけで、ちょっと羨ましくも感じてしまうのです。
無い物ねだりでしょうか(笑)
こんな夫婦のケースを、あといくつか振り返って綴って見たいと思います。
今日はここまで。
今日も読んでいただきありがとうございました。