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結婚しても、しなくても

イギリスでは何十年も共同生活を営みながら、結婚せずに、なんなら子供も産み育てていくという、いわゆる“事実婚”は珍しい話ではなく、むしろ年々増えているそうです。

実際にイギリス人である夫のお姉さん(イングランド在住)も、お子さんを授かったあとで、そのパートナーと結婚したという経緯があります。
お姉さんの場合は最終的には結婚を選びましたが、結婚していなくてもパートナーと家族を育める生き方が、ちゃんと市民権を得ているのでしょう。


でもわたし個人としては、結婚しないでパートナーと家族を作ることの意味がいまいちよく分からないでいました。

戸籍上は独身なのだから、もし他にいい人ができたり、相手のことが嫌になったりすれば、別れを告げて引っ越して表面上はなかったことにできてしまいます。
別れるときに面倒な法的手続きも、戸籍にバツがつくこともないのは、人が誰かと共に暮らすことのハードルを下げ、またそれをやめることへのハードルも下げてしまうのではないか。結婚できるのに結婚を選ばないのは、結婚することへの後ろめたさがある人や、その縛りから逃げたい人が選択することなのでは?と思う気持ちがどうしても拭えなかったのです。


でも先日、夫が言った一言が呼び水となって、わたしにちょっとした変化がありました。

ある日のどこかに出かけた帰りの車中。どうしてそんな話になったのか、そのきっかけは覚えていないから、きっとなんてことないささやかな会話の糸口だったと思います。その中で夫は、

「事実婚がすごいのは、いつでも別れられるのに一緒にいることを選んでること」

と言ったのでした。

なんと。そういう発想もあるのか!と驚いているわたしをよそに、夫は続けます。

「結婚して離婚するのは大変だよ。でも結婚してなかったら、ムカついたり、嫌なことがあったら、すぐ終わりにできる。だってめんどくさくないから」

「めんどくさくないのに、そうしないってすごくない?」

「すぐにさよならを言える環境なのに、ずっと一緒に暮らし続けられたら、それはもう、すごく好きってことでしょう」


なるほど。
それならいろいろと合点がいきます。

わたしは、結婚が何か悪いことが起こるのを防ぐストッパーの役割を果たすものだと心のどこかで勘違いしていました。
当たり前ですが、実際は結婚はそんな力は持っていなくて、法的に家族になっても、ふたりを永遠に結びつけることを強制したりはできません。結婚警察みたいな人がいてわたしたちを取り締まるわけでもなければ、結婚の神様が添い遂げるように導いてくれるわけでもなく、結局は愛と倫理観で保っていかねばならないのです。

たしかに結婚が重石となって、家族を諦めることを引き伸ばすことはあるかもしれません。でもそこに愛は……どうだろう。

だからもっとシンプルに、夫が言うように、好きか嫌いか、一緒にいたいかいたくないか、たったひとつ、それを測る物差しだけ持っていればいいのかもしれないなあ、と。
もちろん責任を負いたくないから結婚しないという人もいるでしょうし、それならそれで、そんな気持ちのまま結婚しない方がずっといいです。

結婚しないことでこそ愛情を図れるという夫の考えは、謎かけの言葉遊びみたいで、ちょっと捻くれているような気がしないでもない。だけどそれってもっとも基本的で根本的なことのような気もして。
個人が個人として生きていく上で結婚がメリットを産まない社会に属していればいるほど、事実婚も一理ある、とすとんと腑に落ちたのでした。

結婚していないのにずうっと一緒に居続けられたら、たしかにそれはもう愛でしかない。


かくいうわたしたちは、日本で婚姻届を出していて、戸籍上も夫婦です。
でも夫は結婚する前にポツリと「入籍してもしなくてもいいけどね」と言ってわたしをギョッとさせたことがありました。この人はもしかしたらヤバい人かも……とひとりでざわざわしたことを覚えています。

ただ、夫はそれを主張するでもなく、何事もなかったかのように入籍する方に話が進んだので、ちょっとちょっと聞き捨てならないよ、と一瞬は思いながらも、当時は夫の真意を掘り下げることもありませんでした。
数年経ったこの日、運転しながら饒舌に喋る夫の横顔を見て、あの日の答え合わせをしているような気持ちになりました。


夫と話していると、日本で育ち、日本で暮らしてきた自分が持っている常識の危うさにたびたび気付かされることがあります。何が良くて悪いかなんてことではなくて“そういう考え方もある”ということを、わたしはもっともっと知る必要がある。
その場面に出くわすたびに、けっして奇をてらうつもりも、説教するつもりもない夫の何気ない言葉が、もっとよく周りを見て、もっと人の話を聞きなさいという言葉に変換されて、わたしに届けられるのでした。



#思い込みが変わったこと

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