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No.13 ししゃもの頭と寛容さの話し

『寛容な人』と聞くとどんな人を思い浮かべますか?

辞書によると、寛容とは、

広い心をもち他を受け入れるさま。具体的には、自分とは異なる意見や価値観を安易に拒絶せず許容しようと努めたり、他人の失敗や失礼な振る舞いをことさらに咎めだてせず許そうとする姿勢などが「寛容である」(寛容だ)と形容される。

出典:実用日本語表現辞典

とあります。さらに、「寛」と「容」に分解して調べてみると、「寛」という字には、『穏やか、緩やか、くつろぐ』という意味が、「容」という字には、『受け入れる、許す、ゆとりがある』とあります。

以前、事例にてご紹介したKDDI様の依頼で寛容力研修を設計するまでは、(大変お恥ずかしながら)私は、寛容な人とは、単に怒らない人、と思っていました。

\ 人としての器が大きい人 /

のことだったんですね。はい、そんな人になりたいです!

その意味で、寛容な人と聞かれて思い出すのは、亡き父のこと。特に孫が生まれる頃から寛容さが増して、私の考えや生活といった表面的なことではなく、私の存在も含めてすべてを全肯定してくれたように思います。何も細かいことは聞かなくても、体全体で表現してくれていました。

それは今でも、私に力を与えてくれていることを毎日のように感じます。

父が若いころから寛容だったかというと、自分の信念や期待に添わないことには不寛容でした。ある時、小学生だった姉がししゃもの頭を食べ残したことで、「食べたくないなら残してもいいじゃない」という母と、「食べるならしっぽも頭もすべて食べろ」という父とで夫婦喧嘩に発展したことがありました。私はソファの横から「頭食べるから~」と大泣きしていました。(伝説のししゃも事件)

寛容さも、心の知性、EQ(エモーショナル・インテリジェンス)です。父も成熟していくにつれてEQを高めていったんだろうな、と、何から目線かわかりませんが、未熟な若いころの父をなんだか愛おしく感じながら思い出しています。

EQは高められる、でしたね。
誰かにとって、時折思い出しては力になれる、そんな父のような人を目指して、人としての器を磨いていきたいな。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。



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