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【小説】カラマーゾフの姪:晩夏の探鳥会(1)

見出し画像:ふみっちさん
(https://note.com/happy_echium96)

 その夏の暮れに彩田あやた青年は曲丘かねおか珠玖たまきと二人で高原を抱く山間地を訪れた。
 二人は曲丘が誘った探鳥会の会場へ、彼女が用意した軽自動車で湖水地方を離れて西へ数時間を走り、古くに敷かれたアスファルト、原材料の採掘地も分からない車道を通って小市街と小山の望める田園地帯を次々と通過し、一度は山が見えない平野部も走った。………二人は互いの思想や内面に触れた話を東の地で一通りしてしまっていたため——車中では景色に溶けていた季節の風物や経済表象について言葉を交換するくらいであった。
「もう稲穂はどこも刈り取られてますね」
「ええ」曲丘は運転の最中、鏡越しに周囲を一瞥した。
「……この大平野の、見果てぬほど広がる水田を埋め尽くした稲穂も、少し見てみたいですね」
「もしかしたら黄金の海だったかもしれませんね」
「………かもしれませんね」彩田は籾の実った稲穂が風に靡かない光景を思い出していた。「……あまり綺麗に波立つことはないでしょうけれど、……稲穂の重さで」
「……ああ、確かに。強い風でも少し揺れるだけですよね」
「どんなに強くても風では落ちないのが凄いですよね」
「植物は強いですからね」曲丘は目線を上げて背面鏡を見た。「まあこんなに広い田んぼの稲も、農機を使えば数人で刈れちゃうんですけれどね。…一体何粒……何人の命をまかなえるのでしょうね」
「…どうでしょう。とはいえ、ここで育った稲穂の米で、都会の何万という人までまかなえるわけですけど」
 曲丘の頬が弛緩した。「農業は原罪でしたっけね」
「……なんだかもう懐かしい気がしますね」
「…ええ。彼の思想を反芻する時間も沢山ありました。……農機で刈りこぼした一粒の実と、人の手も触れず自ずと落ちた実は、違うんでしょうかね」
「……僕はそこまで農学のことは分かりませんが、……でも落ちた実は……鳥や動物達が啄んで、残りは土の養分に還ります」
 曲丘は一瞬笑った。「小芳こよし君なら、農機で刈りこぼしたもみは不自然だと言うでしょうね。自然に落ちる場合とは籾の中の栄養状態も違うだろうから、落ちれば熟すまで変わらないとは言えないと。だから農業は罪だと。」
「動物の消化、微生物の分解に、何か妨げをもたらしているかもしれないと」
「確かに人間がいなければ、稲籾が辿る運命も変わっていたかもしれませんけれどね。……鎌で刈るくらいの誤差は自然も計算できますが、計算負荷もゼロではないでしょうし」
「全て刈るのは人間だけですからね。稲作するのも人間だけですが」
「リン窒素に比べれば、刈り取りの影響なんて誤差ですけどね」
「………元気ですかね、小芳君」
「……元気かもしれませんが、……幸せではないでしょうね」


((2)に続く)

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閲覧ありがとうございました。

次回の更新時期は未定です。この話につながる物語の『願望と献花』という作品はピクシブ様で連載中です。下のURLより世界文学をお楽しみください。
https://www.pixiv.net/novel/series/9902072

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