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『こちらあみ子』

塚口サンサン劇場で『こちらあみ子』を観た後、森井監督のトークイベントに参加。
(写真は森井監督がサインの時に間違えて『塚口サンサン劇塚様』と書いてしまい、そこを指差しているところ。戸村館長曰く、面白いからそのままにw)

【森井監督トークイベントの覚書】

原作を読んだのは20代後半、助監督の頃。
人よりボンヤリとしかとらえられない部分と、人より鋭く感じてしまう部分が自分と重なると思った。
映画を撮ることになった時にプロデューサーに原作を渡したら、これで行こうとなった。
(絵コンテではなく)画用紙に自分のイメージするシーンを描いてはいたが、それをスタッフに見せると撮り方が限定されてしまうので見せず口伝え。
主役のかなちゃんは330人のオーディションの中から選んだ。
その時からあみ子の表情だった。
撮影前に合宿を行なってかなちゃんと仲良くなった。
絶対的な愛を感じてくれて、更に舐めてかかるまでになって始めて自由に演技が出来ると思った。
スタッフ達もかなちゃんを自由にさせてたし、井浦新さんや尾野真千子さん意図を感じてくれて、尾野さんなんかは助監が仕切ろうとしたらやめて〜と仕切りを止めてくれた。
撮影は21日。
普通はこの映画のボリュームなら2週間位なので、お昼寝タイムを作ったりしてあくまでも自由に伸び伸びと演技してもらった。
普通は、台詞を言いながらライティングやカメラワークを当たっていくが、絶対にかなちゃんが飽きると思って、監督の頭の中でキッチリとシーン、シーンを仕上げて撮影していった。
アニメ的な撮り方かもしれない。
台詞が無くても、見せ方で語る。
井浦新さんの父親の肩が落ち、背中が丸くなる。やがて正面からではなくなり、後ろ姿になる。疲れ拒絶していくのがわかる。
だからといってガチガチにせず、その上での臨機応変は大切にした。
例えば、父親があみ子に祖母の家で話をするシーン。
トンボや色んな虫が飛び込んでくるアクシデントがあったが、アドリブでそのまま撮った。
実はもう一度、虫がいない状態にして撮り直しもしたが、何か違うと思い虫のいるバージョンにした。
(実際にあみ子ではなくかなちゃんとしてその場を逃げ出してるし、井浦新さんが大きな虫を座布団で掃き出すのはキュン♥)
監督としては頭からケツまで何処も見所と思っているし、何処で感動してもらっても良い。
またどう感じてもらうのも正解。
ラストを辛いと思う人も、幸せになって良かったと感じるのもそれぞれで良いと思う。
主題歌の人はアマプラのオススメで知った。
聴いてるうちにこの人しか居ないと思って、まだ映画の話が進みきっていない時から主題歌はこの人と決めていた。間違いなかった。


そんな感じのトークイベント。

ここからネタバレ含む感想。

あみ子的な要素を持っている人は、ラスト、おばあちゃん家に引き取られて幸せだと感じるのではという意見もあったが、個人的には、父親は義母と離婚して二人で暮らすと思っていたあみ子としては、やっぱりショックもあると思うし、だからこそ、あの幽霊達が見えたのだと思った。
ただ手を振って彼等に別れを告げたあみ子は強い。
もしやそのまま、海の中を進んでいくのでは(入水)と不安も感じたが、ちゃんと前を向いて進んで行けるんだろな。


尾野真千子さんはついこの前、『サバカン』で強烈な母ちゃんを見たのに、母としてのあの慟哭は凄い。
壊れていく様が怖いし、背中で一切の拒否を見せる。
井浦新さんは、昔、国民的母親役なんて言葉があったけど、国民的父親は井浦新さんでデフォかと。
ハッピーバースデーの優しい父親から、疲れきって拒絶に至るまでの様子。表情であったり、背中であったり。
これからの彼はずっと幸せでは無いだろうなと感じさせる。
せめて、あのグレてしまったお兄ちゃんは族の元リーダーの建設業で手に職をつけて幸せになって欲しいし、俺のはコレってあみ子に絡んできてくれた同級生の男の子はとっても良いヤツだからチカラ一杯幸せになって欲しい。
そしてあみ子を演じたかなちゃんは、自由に伸び伸びあの演技って本当に凄いので、いずれはのんちゃんみたいになるかもだし、もっと言うと大竹しのぶさんみたいになっちゃうかも。
それぐらい侮れないと思った次第。

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