カナダ旅暮らし〜ひと夏のデート
〈22才の頃の思い出話〉
(…昔書いた文章より)
たしか季節は6月だった。
ロッキー山脈の山中にある、世界中の観光客が集まる街バンフに流れつき暮らし始めてひと月。
街は標高1380mにあり、周りは2000m級の山々に囲まれている。
高度が高いせいか、ほんのちょっと山を登っただけで、慣れない頃は酸欠っぽくなった。
街は美しく、景色も抜群だったが、私は海辺育ち。
いくら森林浴の日々だからといって、山に囲まれ続けているのはどうも、自分の中の気が重くなる気がしていた。
それで仕事の休日、ほんのちょっとでも海の気分を味わいたいと、レイク・ミネワンカ(ミネワンカ湖)へ出かけた。
その湖では、ボートに乗れるのだ。
「君ひとり?」
初めて行ったその湖に、やはり私と同じように、一人ボートに乗りに来ていた日本人男性がいた。
日焼けした顔に白い歯が並んでいる。
ボートの出発時間を待っている間、しばらく一緒にしゃべる。
いつからバンフに来たかとか、何の仕事をしているかとか、そんなことだったと思う。
彼は初対面なのに、馴れ馴れしかった。
深い悲しみを奥に抱えたような眼で、じっと私を見ながらにっこり笑い、突然私の足首をつかんだ。
「君、足首細いね。」
突然だったので驚き、恥ずかしかったが、それを隠すようにバカ話をした。
「そう?でも、前にも他の人に言われたことあるよ。
腕時計見せてくれて、その金属バンドが大きかったから、足首にはめてみせたの」
「ハハハ!男ものの腕時計が足首にはまるの?」
「そう」
彼は腰に手を回してきた。
私はキャッキャと笑った。
初対面だけど、なぜか彼にそうされてもいやらしいとか、そんなことはなく、違和感もなく、ただじゃれあって遊んでいるみたいな気分だった。
「俺、誰かに似てない?」
「え?」
「石田純一に似てる、ってよく言われるんだ」
「そう言われれば似てるかも」
少なくとも、一成よりは彼の方が似ている気がした。それから度々会ううちに、なんだかキャラクターも似ている気がした。
名前をヒデと言った。だけど、私の中では、石田純一似の男、とあだ名をつけた。
年は、彼の方が3つ上だった。
ボートに乗るとヒデはサングラスをかけ、肩に腕をまわした。
ボートはふたりっきりだった。モーターがついていて、水上バイクの様に波を立て、すごい勢いで湖の上を走った。
久しぶりに海に来たように気持ち良かった。
「俺、ガイドしてるんだ。今度案内する仕事の下調べに、一緒に行かないか」
それで、2回目のデート。
記憶違いでなければ、バスツアーに参加したのではなかったかと思う。
私が覚えているのは、どの場所に何の動物が出るか、そういうスポットをメモしていたこと。
急なカーブの位置。
そんなところだ。
彼はそれから、私のお店によく顔を出すようになった。
私の仕事は、ひょんなことから入った、お城みたいな高級ホテルの両替所兼貴金属売り場。
そんなところに、いかにもさっき仕事してきたばかり、みたいなラフな格好で度々現われては、両替をするわけでもなく、たわいのない話をしていくから、他のスタッフにもすぐ覚えられてしまった。
「彼は今日も来るかね」とからかわれる。
からかわれるのが嫌だから、来てくれるのはうれしいような困ったようなだった。
それで、いつもそっけなくしていた。
ほとんど返事をしなかったり、早く帰ってほしいような素振りをしたり。
それでも彼は来た。
3回目のデート。
彼は私の休日に合わせて、車で迎えに来た。
行き先はキャンモア。
私はその時、初めて気づいた。彼は足に障害があるということを。
車も障害者用の車だった。
彼は片足を微妙に、びっこを引いていた。
今まで気付かなかったのは、その足の反対側に必ず私が来るようにしていたのだ。
キャンモアには時々行くのか、慣れたように喫茶店にたどり着き、飲み物を注文してくれた。
途中見た山はキャッスルマウンテンだったか。
ドライブコースが美しかったのを覚えている。
車のデートは、それからもう1,2回したような気もする。
そういえば、バンフの街中から歩いていける場所を一緒に散歩したこともあった。
ボウ側を渡り、インディアンショップがあって、奥に歩くと湿原に抜けるところ。
私の好きな散歩道。
そこは、馬の通り道でもあった。
「近くだけどいいところだよね」
自然の驚異には、純粋な少年の驚きの様な顔をして、感じたことをそのまま口にした。
最後のデートは覚えている。
飲みに行こうと誘われたのだ。
夜の待ち合わせは少し、ドキドキした。
ルームメートに、どこにでかけるのかと聞かれたから、適当にごまかした。
私は自分では、恥ずかしがり屋でシャイな性格だと思う。
それを隠したくて、妙にはしゃいでいた。
飲みながらダーツをした。私はダーツは初めてだった。
点数の付け方とか教えてくれたけど、よく覚えていない。
ただ、彼がいつも的の真ん中近くに当てて上手だったのは覚えている。
「足、どうしたの?」
「事故ったんだ」
「なんで?」
「バイク。時速250キロでぶっ飛ばしてて。カーブ曲がりきれなくて」
(記憶違いでなければ、その速度だったと思う)
「250キロ!そりゃ、曲がりきれないよ。バカだねー」
しんみりした雰囲気になりたくなくて、笑いとばした。
彼を傷つけたかもしれない。
本当は、彼の気持ちが痛いほどよくわかった。わかるから、それを素直に表現すればいいのに、反対の表現をした。それは今でも悪かったなと、少し後悔したりする。
「こわかった?」
真面目な顔して、小さな声で聞いてみた。
「・・・こわかった」
しばらく二人でだまっていた。
それから彼は、生まれ育った東京近辺を出て、沖縄に行き、それ以来こんな生活をしていると言った。
「親は心配してるけどね」
名刺をくれた。
私は彼のことは少し好きだったかもしれない。
だけど、早く結婚したいと思っていた私は、次に付き合う人は結婚する可能性のある人がいいと思っていた。
彼の障害を一緒に背負っていくには、まだ若かった当時の私には重たい気がしたし、私の結婚相手に選んだら親が悲しむかも、と思った。自分はずるい人間だと思う。
それに彼は極端なさびしがりだった。
デートしていた女の子の噂は他にも何人か。私は、彼を支え切る自信はなかった。
彼は別れ際、「キスしてほしい」と言った。
「やだよ、しない」
「いいじゃん、キスして」
「できないってば」
笑いながらもしばらくそんな押し問答が続き、未練がましそうな顔をして彼は帰って行った。
後で友達にこの話をしたら
「そんなのしてあげればよかったのに。こちらではただの挨拶じゃん。おでこにチュってするくらい」
と言われたが。
それからも何度か彼は店に来た。
店に来ることで私が困った顔をしたのだろう、何も言わず帰って行く日もあった。
そのうち彼に目をつけた、同僚の女の子が彼に頼みごとをしてほしいと頼んできた。
彼がバンクーバーに行く時、小さなものをバスで運んでほしい、飛行機だと困ると。
飛行機に乗せられないものは、良いものでは無いくらいは私でもピンと来た。
何度も断ったが、同じルームメートでもあった彼女の凄味に負け、とうとう彼女の目の前で彼に電話をかけることになった。
「数日前、ヒデはバスでバンフから出たよ」
ほっとした。
同時にさみしかった。
数日前店に来たのは、最後の別れの挨拶だったのだ。
何も言わず去っていくのは彼らしいと思った。
少なくとも、彼を良くない事に巻き込まなくて済んだのは、心から良かったと思う。
お盆の前だった。
名刺はまだどこかにあるかもしれないけど、それ以来連絡を取ったことはない。