【試し読み】『フットボールクラブ哲学図鑑』より「まえがき」を発売に先駆けて公開!
7月13日から順次書店に並び始める、『フットボールクラブ哲学図鑑』(西部謙司著、本体価格¥1900)。
今回は、発売に先駆けてみなさまに「まえがき」を公開です。どうぞ発売をお楽しみに!
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『フットボールクラブ哲学図鑑』
著 西部謙司
ページ数 272
判型 A5判
本体価格 1900円
出版社 カンゼン
発売日 2020年7月13日
まえがき
フィロソフィー(哲学)という言葉がしきりに使われるようになったのは、1990年あたりだっ たと記憶しています。フットボールとは何か、なぜプレーするのか、どうプレーすべきか━そういうことが問われるようになりました。
本書では歴史の古いヨーロッパのクラブチームをいくつかのタイプに分けて、それぞれのフィロソフィーがどうなっているのか見てみようという試みです。ただ、書き始めてみると哲学というよりDNA(遺伝子)という方がしっくりくるように感じました。
理路整然としているケースの方が少なくて、これまで経験してきたことの蓄積として、受け継がれてきた何物かである場合が多い。
マンチェスター・ユナイテッドは「ミュンヘンの悲劇」と呼ばれる飛行機事故がなければ、現在のクラブのようではなかったかもしれません。事故の直後からユナイテッドは動き出しています。多くの主力メンバーを事故で失いながら、試合の延期もせずにやり切っています。ミュンヘンで木曜日に事故があったのに、土曜日には国内のリーグ戦でプレーしているのです。遭難の直後も、ユナイテッドのある選手は爆発の危険のある機内に戻って乗客2人を救出していました。10年後にヨーロッパ王者になる復活は、何があっても前進する精神性あってのことでした。また、奇跡的な復活劇は奇跡を起こせるクラブであるという自信にもつながっていきました。
レアル・マドリーはUEFAチャンピオンズリーグでダントツの優勝回数を誇ります。同時に決勝での勝率もダントツです。チャンピオンズカップとして、この大会が発足した時からの5連覇が大きな影響を与えていると思います。アルフレッド・ディ・ステファノという強力なスターを獲得した時から急に強くなり、3シーズン後にチャンピオンズカップもスタートしていました。ディ・ステファノの補強が大成功したので、次々とスター選手を獲得していきます。ポジションや役割の重複もお構いなし、その時の旬な選手をどんどん補強しました。戦術やバランスはほとんど考えていないので、補強というよりコレクションです。しかし結果的に5連覇を達成した。理屈からすると間違っているようでも結果が出ていました。フットボールは計画どおりにいかず、計画できないところは選手が補ってくれる。つまり、よくわからないけれども、これで勝てるということはわかったわけです。レアルのライバル、バルセロナの中心選手だったチャヴィ・エルナンデスはレアルについて、
「理由もなく勝ててしまうチーム」
と、言っていますが、これはレアルというクラブの本質を言い当てていると思います。チャヴィがプレーしたバルセロナは理詰めで、勝てる理由がちゃんとあるチームなので、なおさらそう思うのでしょう。バルセロナはまさに哲学と呼ぶに相応しいものを持ち、それを具現化するための方法論も詳細にわたって決まっています。それだけに、負ける時は負けるべくして負け、マンチェスター・ユナイテッドやレアル・マドリーのように奇跡を起こすことがあまりありません。また、理由もなく勝つことに重きを置いていないチームでもあります。
1人の選手、1人の監督、1人のオーナーがクラブの歴史を変え、そこからクラブの性格が定まるという場合が意外と多いようです。一方で、そのクラブのある地域、文化、宗教に影響を受けていることもあります。それぞれのクラブには歴史があり、香りがあるのです。
西部謙司(にしべ・けんじ)
1962年9月27日生まれ、東京都出身。幼少期をフットボール不毛の地・台東区入谷で過ごすが、小学校6年生時にテレビで皇帝フランツ・ベッケンバウアーを見て以来、フット ボール一筋。早稲田大学教育学部卒業後、3年間の商社時代を挟み、学研『ストライカー』の編集記者を経て、2002 年からフリーランスとして活動。1995年から1998年までフランス・パリに在住し、ヨーロッパのフットボールを取材。
現在は千葉県千葉市に住み、ジェフユナイテッド千葉のファンを自認し、タグマで『犬の生活SUPER』を連載中。
主な著書 に『1974フットボールオデッセイ』『イビチャ・オシムのサッカー世界を読み解く』(双葉社)、『Jリーグの戦術はガラパゴスか最先端か』(東邦出版)、『戦術リストランテI~V』(ソル・ メディア)、
『眼・術・戦』『サッカー右翼サッカー左翼』『戦術クロニクル0~II』『戦術アナライズシリーズ』(カンゼン)など 。
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