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嫌われ者列伝・番外編下

 コンビニの美人店員Pさんにハッキリと避けられている岡田さんは、その原因を突き止めたい。そして、止せば良いのに店長に掛け合って、事務室へ入ってゆくのである。

あとから、店長。Pさんがいた。店長さん、Pさんに尋ねたいの。いいですよ。Pさん、すら、と立った。(中略)自分、ねえ、Pさん。ぼくは客ですが、どこか嫌いなところがありますか。客でも、厭な客はいる。ぼくのこと、好きじゃない。だったら、どこが嫌いなのか、厭なのか、正直に素直にいってほしい。わたし、辞めさせてもらいます。Pさん唐突にいって、ドアをあけ、きっぱりと出て行った。

『明日なき身』

 うわ、ウザ! マジでウザい。空気読めてない上に、痛すぎる人だ。

 このような些細な日常のエピソードでも、面白い短編のネタになりそうなのに、気色の悪い老人の日記になってしまっていると書いたけれど、よく出来た短編では絶対に味わえないような種類の気持ちの悪さ、居心地の悪さがある。この作者、大丈夫かな……という。

 それにこの文章、小説が文芸であるための芸の域に達していないような、妙にぎこちないカタコトで、そこも相俟っての居心地の悪さである。

 自分をひたすら避けている当の本人に、その理由を尋ねるために乗り込んで面と向かう、それはアリなのか。自分で気がつけないなら、第三者に尋ねるという手もあるが、でもしかし、相手はコンビニの店員ですよ。しかも、岡田さんは名前を知っているんですよね。うーん、たしかに美人ならネームプレートを見て名前を覚えることもある……のか。粘着気質というのか、ストーカー気質というのか、だからあなたは嫌われているのではないのか。

 避ければ避けるほど、寄ってくる人ってたしかにいるな。「なんでわたしを避けるの?」とか「わたしを避けるなんて許せない!」とか。余計に避けられるに決まってる。

店長、お前、脅す気か。何を言っているんだろう、この胡麻塩頭の店長。しまった、と思った。Pさんのプライドを疵つけた。三代に亘る妻で、懲りているはずだ。もう、手遅れか。彼女がいなければ、話にならない。事務室を出ると、店内にも彼女の姿はなかった。

 しまった、じゃねーよ。おまけに、プライドの問題じゃねーよ。

 下流老人の暴走は止まらない。このチェーンの本社に電話して、お客様相談室に事のあらましを伝える。そこでまた、何日か後にノコノコとコンビニまでPさんを探しに出かけてゆくのである。

入ったら、Pさんいなかった。こちらも顔なじみのRさんに、Pさんどうしたの。きょうは、お休みです。店長が表から入って来た。自分にまっすぐ近づき、顔をくっつけるようにして、お前、営業妨害する気か。……口がきけなかった。いいか、この店の品物を買うな。黙ってなぜ、と心中で呟いた。分かったのかよ。返事できず、まだ茫然。奥からカミさんが出て来た。警察呼びましょう。なんで、と思ったが、ずっと無言で立ち竦むのみ。

 一体自分は何を読まされてるのか。ノーベル賞、ブッカー賞、ゴンクール賞、ピューリッツァー賞、芥川賞を受賞するような作品ばかりを読んでいたら、絶対に出会えないような文章体験である。岡田さん、あんた凄いよ。予想の斜め上を超えてきてるよ。

 分断、格差、ジェンダー、紛争、フェミニズム、過激化、移民、AIの脅威のようなテーマと真摯に取り組む文学作品なんて、正直あまり惹かれない。それらはニュースの素材なのだ。嫌われ者、これこそが今最もホットかつ普遍的な文学的テーマであるにちがいない。

 それにしても、酔って女房にはしつこく絡むのに、暴言吐かれると固まっちゃうのね。その辺は役所などで見かける感情失禁老人とは異なる。そこまでは正気を失っていない。

 話を戻すと、本当にパトカーが来る。さっさと立ち去れば良いのに、いくらなんでも立ち竦みすぎだろ。三人の警官に囲まれ、諌められる。「あなたも大人なんだから、まあ、お店の人とうまくやって下さい」「いえ、ぼくは何もいってない。いったのは店長です」どうやら警官に味方してもらえると自分に都合よく思い込んでいたようであるが、そうはならなかった。

 で、部屋に戻るとまた本社に電話。さらにケアマネジャーに電話して、コンビニに入るときに立ち会ってもらうことにしたというから、懲りない人だ。

 そうこうしているうちにも、5年間一度も掃除してないエアコンの効きがどんどん悪くなる。

大分前、女家主に電話-"エアコン"、なんとかなりませんか。どうしたんです。暖房の風が出て来ません。掃除しましたか。しません。自分で掃除しなさい。なにしろ、機械オンチで……。そんな人、いません。常識でできます。その常識がないものですから。それじゃ、出て行ってもらうしかないですね。いえ、あの、常識ありました。掃除します。すみません。

 もう岡田さんたら、大家さんにまでこんなにも嫌われたりして。しかも、この後もエアコンはそのまま掃除しないで放置してるし、そりゃ嫌われますわ。

 駅からアパートへ戻る途中に例のコンビニがある。その前をまたノコノコ(この表現二度目だけど、岡田さんにピッタリ)歩いていると、背後から店長に声をかけられる。
「お前、何回いったら分かるんだ。おれの店に入るなといってるだろ」
 店に入るなとは聞いてないが、それはいわなかった、とある。たしかに店長が言ったのは、「この店で品物を買うな」であって、厳密に言うと「店に入るな」ではないけど、常識働かせればそれぐらいわかるでしょ。
「こんど店に入ったら、極道雇って動けないようにしてやる」

 そもそも小説の描写では店に一歩も入っていないし、公道だったと書いてあるから、なんだか不思議な場面である。店長に突っ込むなら、「店に入るなとは聞いてない」ではなく、「店に入っていない」でなくてはおかしい。何か自分に都合の悪い部分を(無意識に?)書き落としているように思われてくる。Pさんがいないか、ジロジロと店内を見回したりしなかったか、一歩でも立ち入ったりはしなかったか。それで店長に見つかって追いかけられたんじゃないのか(背後から声をかけられた、とある)。これは推理小説などで見る「信頼できない語り手」という手法なのか。いやいや、私小説作家の自分語りなど元々信頼に値しないよ。

 しかし店長も店長で、極道に知り合いなんていないくせに、お爺さん相手にホラまで吹いて自分を大きく見せて、なんだかおかしい。思うに岡田さんはvulnerableな存在であるらしい。

 部屋に戻るとまたお客様相談室に電話して、今度は手を引いて下さいとお願いする。どうも本社の指導員から店長が叱責されて、それで自分が逆恨みされたと思い込んでるフシがある。それだけじゃ、ないだろ。

 この短編は、部屋の電話と電気が止められ、床のゴミ山の上に横たわるところで終わる。エアコンはゴミ詰まり、電気炬燵は元々故障だから、電気が止まろうが止まらなかろうが、暖房という点では関係ないのだが、夜間に小説執筆できなくなるというわけである。

 次の短編『火』は、あまりの寒さに室内でティッシュを燃やして暖をとり、火事になってアパートを追い出され、施設に収容される話である。施設でも、好かれていないようなのが哀しくて、やがておかしい。その後の貧困ビジネス施設での日々を描いた短編『灯』の後、連絡が途絶えて消息不明となった。

 所詮、なるようにしかならない、行き着くべきところに行き着いたということか。合掌。

(了)

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