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【エッセイ】捜神記私抄 その八
古代中国の占い師たち・管輅の場合
『捜神記』巻の三は、訳者によると「占卜・医術の名人に関する説話」を集めたものであって、私の苦手というか、ハッキリと嫌いなジャンルである。
学生時代には初詣で必ずおみくじを引いて、その結果に一喜一憂したような記憶もあるのに、どうしてこんなにも占い嫌いになってしまったのか。その経緯については、以前書いたような気がするし、『捜神記』の紹介・翻案から離れるので、ここでは詳しく述べない。ただ占いはインチキであり、占い師は大抵そのことを知っていて(信じてる人もいるのだろうが)人をたぶらかすのであり、そんな詐欺師のことは好きではないし、簡単に騙される人のことも尊敬できないとだけ言っておく。
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占卜と医術、この二つは古代において密接に絡み合っており、解きほぐすことができなかった。実験・実証などの科学精神が存在しない時代にはカルトが横行していた、というかカルトはカルトではなく、何というか、それしかなかった。ある政治学者がオウム真理教が事件を起こした際に発した言葉を思い出す。
「戦争中は、自分以外の全員がカルトの信者みたいなものだった」
自分以外全員カルトだったなら、それはもうカルトではないよ。
三巻では伝説上の神仙の話ではなく、権力者に占い師や医者として重用された者たちが登場する。Wikipediaや維基百科(台湾版Wiki)、百度百科(中国版Wiki)などにそのキャリアと生涯が載っているような歴史上の人物である。三巻全22話のうち、管輅(『三国志演義』にも登場するという)が四話、淳于智が四話、郭璞が四話、華佗が二話で、半分以上を占めている。これら実在した人々の残した(というか後世の人々がつくった)伝説を見ていこう。
管輅は山東省の人である。易断を得意とした。あるとき河北省の太守・王基の家でたびたび怪異が起こったので、管輅に占いを立ててもらった。
卦が出たところで、管輅は厳かに告げた。
「エイッ! 身分の低い女子が赤子を生んだが、その子は生まれるなりカマドへ走り込んで死んでしまった。また、筆をくわえた大蛇が現れ、床の上にとぐろを巻いていたが、家中の者が固唾を呑んで見ていたら、やがて去って行った。さらにカラスが部屋の中に飛んできてツバメとケンカして、ツバメが死んで、カラスは飛び去った。エイッ!」そこでニッコリして、「こんなん出ましたけど〜」
王基は仰天して、
「そんなことまでお見通しですか、さすがは占卜の達人!」と言った。
ちょっと待てと。家で起こった怪異の相談に、わざわざ有名人に足を運んでもらって、その当の怪異の内容を当ててもらったのか、この太守は。
「では、これらの怪異の吉凶を占っていただけませんか」
最初からそう訊けば良いではないか。
「別に禍いはありません。ただこちらの官舎がだいぶ古くなっておりますので、妖怪変化が住みつき、ぐるになっていたずらをしているだけのことです。子どもが生まれてすぐに走ったのは、自分で走れるわけがありませんので、妖怪がカマドに引っぱり込んだのです。筆をくわえた大蛇は、年をとった書記です。ケンカしたカラスとツバメは、年をとった番兵です。人の精神が正しければ、妖怪などが害をなすことはできません。どうか今後もご自愛なさり、徳を磨かれ、心静かにおおらかにお過ごしください。くれぐれも妖怪ごときにご人格を汚されることなどありませんように」
その後、別に異変も起こらず、王基はやがて軍の長官に出世したという。メデタシメデタシ……。
再び、ちょっと待てと。なんだ、この当たり障りのないアドバイスは。そして、この平凡極まりないアドバイスと王基の出世をさりげに結びつける語り口は。まるで管輅のおかげで昇進したかのような口ぶりであるが、その根拠となるような事実は、実はどこにも記されていない。
では、実際には一体何が起こったのか、あくまでも推測・憶測であるが、科学的な(つまり妖怪なんぞ認めない)実証精神によって語り直してみよう。
①身分低い女は望まぬ妊娠をして堕胎したが、真相を話さずウソをついた。あるいは、その子の父親は王基であって、彼がウソをつかせたのである。
②大蛇は、ペットショップか違法に飼育していたマニアの家から逃げ出してきた。筆をくわえていたというのは、話に尾鰭がついたのである。
③カラスとツバメのケンカは珍しいかもしれんが、別に怪異というほどでもない。
④王基が昇進したのは、徳を磨いて心穏やかに過ごしたからではなく、忖度とへつらいと賄賂によってであった。それとも、飢饉があって民が反乱を起こしたときに、厳しく弾圧し、首謀者たちを百刻みの刑に処した功があったとか。
ついでに言うと、管輅が怪異の正体を見事に当てたのは、あらかじめ使用人から聞いていたからであって、別に占いの成果でも何でもない。人の精神が正しければ、そもそも占いに頼ったりしないし、妖怪のせいにすることもない。
エイッ! 以上、かんやんの推理でした。「こんなん出ましたけど〜」
(続く)