ソクラテスの批判 上
アテナイ人諸君! 諸君がソクラテス君の弁明から果たしていかなる印象を抱いたのか、私にはわからない。しかし、彼の言葉はほとんど私をして私自身をさえ忘れさせたのであった。それほどの憤激を感じたのである。
いや、ぶっちゃけ、めんどくせーって。なんなの、こいつ。こいつ、なんなの。まじムカつくわーって、フツーそうなりません? なるっしょ! 頭にきた、もートサカにきた、ゼウスの神にかけて死刑判決にしてやるから!
デルフォイの神託で、ソクラテス君より賢いものは一人もいないと審判が下ったって? いや、怪しいって。だって、神託を受けたのは、ソクラテス君の弟子か友だちだし、その人死んじゃったんでしょ。証人も証拠も、残ってないじゃん。
まあ、百歩譲ってそういう神託を賜ったとするよ、ソクラテス君より賢い者はいないんだって。そこで、なんで自分が一番賢いんだろうって考えたワケなんだよね。そこまでは、まあ良いとします、許容範囲。それから、この人何してくれたの? アテナイ中の偉い人、有名な人を次々と訪ねて議論ふっかけたんだよね、問答法とか称して。いやいやいや、ありえないっしょ、空気読めよ。そんなんだから、訴えてられて、今ここにいるんだっつーの。
アテナイのみなさーん! ソクラテス君の屁理屈に付き合う必要なんて全然ありませんから。無知の知だって? 知らないということを、知っているだったっけ。なんか小狡くね? いきなりですよ、アポなしでそれも手土産もなしに押しかけて来て、忙しいなか対応してあげたら、なんか色々と面倒くさいこと質問して来て、それでこちらが返答に詰まったら、鬼の首取ったように「あなたは知ってるつもりだが知らない。私は知らないということを知ってる」とか、何してくれてんの? それで自分は賢いとかふんぞり返って、おかしくない? いやいやいや常識ないわー、マジありえないし。そりゃ訴えられるわ。
大体ね、皆働いてるのよ、議員も職人も商人も詩人も戦士も奴隷も、社会人として立派に職責を果たしてんの。アテナイの社会に貢献してるわけでしょ。一方、ソクラテス君は何しんての? 働きもしないで、昼間から市場をぶらぶらして、こともあろうに忙しい人を捕まえてはどうでも良いような議論をふっかけるだけでしょ。ハッキリ言っちゃえば、ニートじゃん。いい歳してニートしてて、それで自分が一番の賢者って、なんかサブッ!
ところがですよ、まだ半人前の青二歳がですね、クール!とか言ってそういうのに憧れたりするわけ。働きたくない、責任を負いたくない、つまらない大人になんてなりたくないって、若い頃はそれは多少なりとも考えたりすることもあるでしょ。誰にだって反抗期はあるし、自惚れて市民道徳を軽蔑したりね。このソクラテス君はですね、そこにつけ込んで、アテナイの未来を背負う前途有望な若者たちを堕落させるんですよ。それで若い衆が、父親や教師や権威ある者に対して例の問答法を始めるわけです。面倒くさいことを色々質問してきて、返答に詰まると鼻を明かしてやったとばかり得意の絶頂。いや、まじムカつくんですけど。
誰が育ててくれたと思ってんの? 誰がご飯食べさせてあげたと思ってんの? 誰が守ってくれたと思ってんの? 言葉を覚えて、算術を使えるようになったのは、一体誰のおかげだと思ってんの?
それが、半端者が、ちょっと知恵をつけたからと言って、やれ哲学だ、それ形而上学だ、知への愛だの無知の知だのと屁理屈を捏ねて親をバカにしだす。そして、実直な家業を継ぐことを拒んで、俺、学者になるとか浮ついたことを言い出したりする。アテナイのみなさーん! これ全部ソクラテス君に責任があるんです。この人が若者たちを堕落させたのですよ!
「若者たちは、賢明と自惚れながら賢明でない人たちが、私によって吟味にかけられるところを傍聴することを興がるのである。それは決して不愉快なことではないのだから」
ほらね、自分で認めてるじゃん。
(続く)