防災とまちづくりについて考えるー加藤孝明先生インタビュー 後編
みなさんこんにちは。都市整備課です。
今回は、前回に引き続き、東京大学の加藤孝明教授へのまちづくりの災害との付き合い方についてのインタビュー記事です。
加藤先生は、都市計画、まちづくり、地域安全システム学の専門家の先生です。都市災害シミュレーションに関する研究を行う一方で、日本各地で自治体とともに、防災を主軸とする総合的な地域づくりの先駆的な取り組みをされております。日本の防災まちづくりの第一人者です。
前編では流域治水の背景や本質について、この後編では、防災施策や行政の姿勢についてお話しいただきました。
それでは本編へどうぞ。
3.防災施設の理想の姿
〇365日活躍する防災施設
■加藤先生:
流域治水を前に進めていくためには、もっと地域に歓迎されるような治水施設というのをスタンダードにしていく必要があると思います。みんなが誘致合戦をするぐらいの施設。貯められる水の量は減るけれども、平時の観光拠点になるとか、歓迎される施設とすれば、単なる犠牲ではなく、誇りを持って水を溜める役割を担うことが可能になります。そういう施策を打ち出していくことがとても大事です。
■中尾さん(オリエンタルコンサルタンツ):
単なる避難施設は普段は使えません。365日使える施設を考える必要があるということですね。流域治水もあくまでも治水だと言ってしまうと、マイナスからゼロでしかない。ゼロをプラスにどう持っていくかが重要ということですね。
■加藤先生:
だから「防災もまちづくり」がポイントですよね。プラスを生み出すことで、プラスマイナスゼロ以上に近づけていく。
〇”防災も”まちづくり
■今(関東地整 都市整備課):
マイナスをプラスにするには、かなり工夫が必要だと思います。
■加藤先生:
現在の国の仕組みでは、1つの施策は1つの目的になってしまうんだけれども、これには違和感があります。
伊豆半島、伊豆市に土肥温泉という地域があります。地震後6分で10mの津波が来てしまう地域です。砂浜があって夏は海水浴場で賑わうんだけれども、防潮堤を作るかどうかの議論になりました。防潮堤を作ると、美しい砂浜の景色が失われるので観光業が成り立たなくなり、津波が来る前に過疎化し、防潮堤で守るべきまちが無くなってしまうというジレンマがありました。
議論を重ねた結果、ちょうど先々週、観光施設兼避難タワーというものを作り始めました。海岸沿いの松林の中にそれを造っています。10mの津波より高い建物だから結構高いところにレストランができてそこから夕日を眺められます。これは僕の妄想ですけれども、砂浜で結婚式を挙げてそこのラウンジで披露宴を挙げて、みんなで夕日を見る。これは珍しく素晴らしい事例です。
大地震の発生する確率が今後30年で70%。数十年間ただ存在するだけの施設ではなくて、数十年間ちゃんと活用して、いざその瞬間は防災で使うという。やはりそういう投資をしていったほうが合理的だと思います。
■今:
単機能施設ではなくて複数の機能を持たせようという意識ですね。
■加藤先生:
そうです。施設を作る場合もそうだし、ソフト的な施策もそうだと思うんです。だから政府の予算のつけ方も変わるとよいかなと思っています。
■柞山(関東地整 都市整備課):
今は津波避難タワーを作る交付金の要綱では、観光目的の施設と言うと交付金を充てられません。
■加藤先生:
なので「防災も」なのです。リスクを受け止める地域では、伊豆の事例のように日常のプラスを生み出すということ。本当に浸水して農作物を含めたマイナスがあったときには、感謝の仕組みで、お釣りが出るぐらいお返しができるような仕組み、これがあってやっとうまく回るのだと思います。
〇リスクコミュニケーションの在り方
■加藤先生:
一方で、自治体も意識を変える必要があります。リスクを認識して次の一手を打つ必要があります。
葛飾区では果敢にも浸水対応型のまちづくりを行いました。ここまで極端な施策はできないにしても、中心市街地が浸水して困る地域は世の中にいっぱいあると思うんです。
例えば熊本市もほぼ全域が浸かるんだけれども、浸水深は10mという程ひどくない。防災指針は、そういうところで都市計画的に精いっぱい色々な工夫・施策をするという計画ですが、工夫の限界もあるわけです。
精いっぱい努力して工夫の限界まで行って、「浸水深が2mだったら対策できるのに」という状態が生まれるとします。そのときに初めて、自治体から河川管理者に「浸水させてもよいけれども2mまでにしてくれ」というリクエストをする。浸水深2mであればこの町は被災してもちゃんと復旧できる状態にあるわけだから、浸水深2m以下にするためにどうしようかというのを、次は、都市計画側と河川管理者で一生懸命考えて2mにする計画を検討するというわけです。
■中尾さん:
今のような都市計画関係者と河川管理者のやりとりを、住民側は見ることができないですよね。なぜ自分の住む地域で2mの浸水を許容する必要があるのか。それを説明し理解いただく「リスクコミュニケーション」というのがなければ、住民は反対しますよね。私はそれには3D都市モデルが有用だと考えています。
浸水想定区域を3D化した地図に表示する「3Dマップ」を開発しています。これであれば、河川関係者以外にもどこが危ないのか、どこなら逃げられるのかなど、検討に使えるし、理解しやすくなると考えています。
■加藤先生:
リスクコミュニケーションは、おそらく一番初めにベースとして考えなければいけない話ですね。
リスクコミュニケーションをするときに、誰が言い出すのかも問題で、非常に難しいです。平成30年7月豪雨の被害を受けた岡山県真備町では、始めは、河川の付け替え工事を行うことで安全になりますという空気感だったんです。そこで、被害を受けた後の第1回目の復興計画策定委員会のときに、「治水対策をするとリスクは下がるけど、過去最大の状況に対応すれば安全か、過去最大を超えるものが発生したらどうなるのか」と発言したんです。その場にいた全員が凍りついてしまいました。
でも、「同じ雨が降っても大丈夫なんだけど、想定以上の雨が降れば、またあふれることは当然あります。」というと、住民の方たちも冷静に考えたらそれはそうだとご理解いただけました。
僕は割と口火を切りやすい立場にあります。だけれども、やはり今の行政と地域の住民が対峙していくコミュニケーション方法では、口火を切る人が現れない構造にあるんです。
■今:
やはり行政と住民だと、対峙になってしまうことが多いですよね。
■加藤先生:
市民側も被災した直後は特に安全至上主義に陥りますから。でも、今は過渡期だと思っています。
4.行政に求められるマインドチェンジ
○都市も河川もステップアップ
■加藤先生:
想定最大規模の洪水浸水想定区域図を出した時点で、本当はパラダイムシフトは起きているはずです。都市部門も河川部門も両方変わらないといけないです。変わるというのは今までの考えを捨てるのではなくて、お互いにステップアップするということです。河川はいかにリスクを偏在化させるという本音を出すか。都市はどう上手にリスクを受容するか。それが徐々に受け入れられる社会になりつつあるような気はしています。
○受身じゃない都市計画
さらに最後に1点、都市計画としては、今後も使う市街地ともう役割を終えた市街地がありますね。このメリハリはちゃんとつけたほうがよいです。例えば、どこに砂防工事をやっていくかと考える際に、投資をしてつくったエリアはしばらく使ったほうがよいのでここはちゃんと守ってくれ。そうではない時代的な役割を終えたエリアは撤退も含めて都市計画側で処理する。守るべき対象の数が多過ぎるから、メリハリをつける必要があります。それは砂防側にはできないので都市計画側から要望する必要があります。未来のあるべき都市の姿をちゃんと考えた上で、守るべき場所を考えるのは都市計画の仕事です。
ハザード依存主義になってしまうと、そういうことを考えるきっかけすらもないまま、せっかく10年前につくった市街地を居住誘導区域から外して機械的に立地適正化計画をたてている例もあるので、それはすごく違和感があります。
■今:
メリハリをつけて、守っていって欲しい地域を打ち出すことが都市計画の仕事ですね。
本日はどうもありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
「防災”も”まちづくり」、「単一機能でなく複数機能を」等、心に残るキーワードを加藤先生から教えていただき、私たちの考え方・姿勢も少しアップデートできたのではないかと思います。
各地のプロジェクトが少しでも良いものになるよう、支援を頑張って参ります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
★このメンバーでお話を伺いました★
インタビュアー
左下:今佐和子(関東地方整備局 建政部 都市整備課 課長)
右下:柞山このみ(関東地方整備局 建政部 都市整備課 技術指導係長)
インタビュー補助
左上:木村美瑛子((株)オリエンタルコンサルタンツ)
上中央:中尾毅((株)オリエンタルコンサルタンツ)
右上:梅川唯((株)オリエンタルコンサルタンツ)