機能語分析1(〜ないわけにはいかない)

私の好きなことの一つに文法分析、言語分析があります。専門というより趣味です。だから、生徒さんに「AとBの違いは何ですか?」とか聞かれると、めっちゃくちゃ気分が上がります。たとえ、その答えを知らなくても調べるのが好きなんです。

そこで、たま〜に私が分析したものを、ここに有料で書いてみたいと思います。あ、有料と言ってもチップ制にします。記事は無料で全部読めますが、「この記事、面白いじゃん!」と思ったら、日本語教育オタクにチップを与えていただけると嬉しゅうございます。返金はしませんので、よろしくお願いします。

なぜ有料にするのかというと、日本を始め、世界中の日本語を勉強する人にいろんな形で貢献したいのです。私がHappyだとみんなもHappy、日本語教師がHappyだとその生徒もHappy、日本語教師がHappyだと世界中の日本語学習者もHappyという、Happyの連鎖が起きると思っています。本気で。

今回のテーマは「〜ないわけにはいかない」です。

例文はこちら。

部長に飲み会に誘われたので、行かないわけにはいかない。

この文を読んで、皆さんは話者はどんな気持ちでこの発話をしたと思いますか。「飲みに行きたくないけど、行かなければならない」ですか?それとも、「やった!うれしい!」ですか。

私が最初にこの文を読んで思ったのは、「部長と一緒に飲むの面倒だよね〜、午前様だし。行きたくないけど、行かないといけないよね。相手部長だし・・・」でした。でも、この文を読んで、「やった〜!誘われちゃった!ワクワク」と思う人(Aさん)もいました!それを聞いて、「なぬ???嬉しいのか??」が私の第一印象でした。それ、もっと知りたい!といつもの好奇心がにょきっと出てきました。

そこで、次のことをしました。

1Aさんに質問しまくる

2身近な人に質問する

3文法書の解説を見直してみる


まず、私の最初の立ち位置を確認しておきましょう。

部長に飲み会に誘われたので、行かないわけにはいかない。

「行かないわけにはいかない」は行きたくないけど、行かなければならないという気持ちを持っていました。部長に誘われる、つまり強制と思ったから。または、「会社の飲み会に積極的に参加しましょう」という社風があるからか、ある種の義務で行かなければならないという気持ちがありました。


1での考察

こういう発話に関する分析は年齢と地域は大切だと思うんですよ。とりあえず、Aさん、年齢は30代で男性です。地域は関東地方。ちなみに私は福岡県人です。こう言う発話分析って、年齢、性別、地域って関係ありますよね。

Aさんはこの『ないわけにはいかない』は、肯定の意味で使うそうです。ここで言う「肯定」と言うのは、「嬉しい、いい意味」です。そして、「二重否定は肯定を強める意味がありませんか。」と聞かれたので、もしかして、機能語を読み間違えた?と思い、私は『ないわけない』じゃないよ、『ないわけにはいかない』よ、と確認したけど、やっぱり肯定らしい。

そこで出た例。

「北海道でライブがあるんだけどどうする?」

「それは、行かないわけにはいかないでしょ」

この状況はよっぽど好きなバンドのライブであれば、肯定的というのは理解できる。私だったら、

「金曜日のパーティー、どうしようかな・・・。」

「え!なおこの好きなベッカムが来るらしいよ!」

「マジで!じゃ、行かないわけにはいかないでしょ!」

使います。絶対行く〜!!気持ちで。(例文が古いと言わないで・・・いや、読者でベッカム知ってる人いるかな?)でも、最後に同意求め、確認の「でしょう!」がつくけどね。

次に、「行きたくない飲み会で、お世話になっている上司に来なさいと言われた場合、友達とか家族になんというか」という質問には、「行かないといけない」というそうです。なるほど。これも、確かに私も言う。まあ私は「行かんといかん(博多弁)」ですね。

次に、いわゆる文法書に書かれている例文を読んでどう感じるか聞いてみた。例文は『どんなときどう使う日本語表現文型辞典』の中から提示しました。

①今日は37度の熱があるけれど、会議で私が発表することになっているので、出席しないわけにはいかない

→絶対出席する!会議に出席したくないという気持ちは関係ないそうです。

②25日には本社の社長が初めて日本に来るので空港まで迎えに行かないわけにはいかない。

→したくないという感じはないそうです。

③今度の試験に失敗したら、卒業できない。今週は勉強しないわけにはいかない

→これは、いやだけど勉強するニュアンスを感じるそうです。

そこで、Aさんが思いついたのは、「社会的にも無理やり何かを強制するということがNGになってきているので、ネガティブな意味で使わなくなったのかな」でした。なるほど。これ、あるかもしれないね。今時、上司に無理やり飲みに誘われるなんてないかも・・・。今だったら、パワハラとか言われるのかな?昭和生まれの会社員は、『飲みニュケーション』と言ってさ〜、よく飲み会に付き合わされませんでした?会社員時代、よく飲み会があって、男性ばっかりで、美味しいご飯をおごっていただいたこともあったけど、面白いこともあったけど、メンバーによっては、まじ面倒だったわ・・・。

さらに、「誘われたから、飲みに行かないわけにはいかないよな?」は冗談の場面でしか使ったことがないし、書くときにはほとんど使わないそうです。そして、「やっぱりポジティブな気持ちをいう時に使う」と言ってました。


2の考察

とりあえず、同年代日本語教師女性2名、身内20代前半男性1名、女性1名、50代女性1名に聞いてみました。同年代の日本語教師は私と似た考えでした。そして、身内は3人とも両方、つまりうれしいとも取れるし、嫌だなとも取れると・・・。

50代女性:行きたくないけど、仕方なく行く。または、ぜひぜひ、こんなチャンスはないと言わんばかりに乗り気な場合。でも、単純にこの一文ではわからない。

20代女性:その人の気持ちによって変わるから、言い方や前後の文脈で判断する。嫌そうな言い方していたら、行かなきゃいけない、嬉しそうだったら、行かないという選択肢はないという感じがする。←この表現、私、自分の身内ながら、いい表現使うな〜と思いました。

20代男性:どっちもあり得る。文脈次第。(彼は賢すぎて、文が難しすぎるので、ここには書きません。笑)←でも、こちらも、自分の身内ながら、尊敬するわ。

ということで、「行かないわけにはいかない」は肯定的にも、否定的にも取れるということですね。日本語教師じゃないサンプルがたった3人だから、数が絶対的に少なすぎるんだけど、ざっと身近な人に聞いた結果だけでも、私が思っている以上に、世の中では「嬉しい!行きたい!」という意味で使っているようです。若い人は、Aさんに近いと思われるんですが、50代女性も・・・。ちなみに彼女はテレビを見まくっています。

3の考察

さて、ここからは、文法解説書にはどのように説明されているか、引用しながら考えてみたいと思います。(引用に関して、どの程度許可されるのかわからなかったので、実際、「くろしお出版」さんと「アルク」さんに問い合わせました。許可をいただいての、引用です。)

「日本語文型辞典」くろしお出版 グループ・ジャマシイ 編著

p645 Vないわけに(は)いかない

(1)他の人ならともかく、あの上司に飲みに誘われたら付き合わないわけにはいかない。断ると後でどんなめんどんな仕事を押しつけられるかわからないのだから。
(2)実際にはもう彼を採用することに決まっていたが、形式上はめんどうでも試験と面接をしないわけにはいかなかった。
(3)今日は車で来ているのでアルコールを飲むわけにはいかないが、もし先輩に飲めと言われたら飲まないわけにもいかないし、どうしたらいいのだろう。
(4)A:あんなハードな練習、もうやりたくないよ。疲れるだけじゃないか。
   B:そういうわけにはいかないだろう。監督に逆らったらレギュラーから降ろされるぞ。
動詞の否定形に接続し「その動作をしないということは不可能だ=しなければならない」という義務を表す。これも一般常識や社会通念、過去の経験がその義務の理由となる。(4)のように、前の文や発話を受けて「そういうわけ」(=やらないわけ)の形でも用いられる。

こちらの例文、面白いですね。ちゃんと、状況設定がしてあります。ここでのポイント。(1)の「断ると後でめんどうな仕事を押しつけられる」って、これ、いやなことが起きるよ、だから飲みに行きますってことだよね。(2)も「めんどうでも」つまり、したくない、しなくていいならしないんだけど・・・という気持ちあるよね。(3)の例文は私なら、「代行を呼んだらいいよ」とか「車を置いて帰ってください」ってアドバイスするんだけどね。そして、飲んでくださいって。でも、例文からは「先輩怖いの〜」って感じますよね。(4)は監督と選手の上下関係が明確で大変なんだろうね、と思います。

このように「日本語文型辞典」にある例文は「嬉しい!」という例文がありません。そして、この解説には、「ないわけにはいかない」に私が感じていたいわゆる「したくないけど、しなければならない」の気持ちがわかる例文ですね。

「どんなときどう使う日本語表現文型辞典」アルク 友松悦子・宮本淳・和栗雅子

p265 ないわけにはいかない (どうしても〜しなければならない)can't avoid; can't help; must)
1)心理的、社会的、人間関係などの事情で「それをしないことは避けられない」または「しなければならない」と言いたい時に使う。2)「する義務がある・する必要がある」と事情を説明する場合によく使う。

例文は上記1の考察で書いているので、ここでは書いていませんが、こちらの3つの例文はそこまで「嫌だなあ、でもしなければならない」という気持ちは強くないですね。ただ、説明文では「しなければならない」と書いてあるし、「嬉しい!」ということは書かれていません。

今回の「部長に飲み会に誘われたので、行かないわけにはいかない。」を読んで、私は「ウキっ!嬉しい!」という気持ちは、最初浮かびませんでした。でも、「ウキッ」という気持ちで使う人もいるということを知って、改めて、自分の発話を見直したら、言わなくはないと気づきました。でも、そんなに使っていないと思います。

私は、N3、N2、N1文法を教える前に、このような文法辞典で本来使われる意味を確認します。でも、最近使い方が変わってきたものもあるんだなあと気づきました。そして、自分は使わないけど、世間では一般的になっている使い方や表現があるんだなあと改めて思いました。敬語とか慣用句とか昔はこうだったけど、今はこうです、という変化はありますよね。でも今回、文法でもあるんだと、びっくししました。

やっぱり、社会が変われば言語も変わる。Aさんが言った、「上から強制することがいけないこと」という社会になれば、このような「ないわけにはいかない」という文法の形は残るけど、意味が違ってくるのかもしれない、ということに、非常に共感しました。

それから、「どんな時どう使う日本語表現文型辞典」の解説の「心理的・事情・それをしないことが避けられない」を「嬉しい!したい!という心理で、しないことが避けられない」つまり、「嬉しい!うき!」という解釈も、できないことはないとも思います。

ということで、今回は、「ないわけにはいかない」という文法が持つ意味、発話者の気持ちについて、考えてみました。自分は使わなくても、たくさんの人が使うようになれば、それが一般的になって、それがフツウになるのだろうと思います。いわゆる「ら抜き言葉」のようにね。これからも、みんなが使っている日本語にアンテナ張って、おもしろいものを分析してみようと思います。

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