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「痴」(二)~唐詩
「痴」
「痴」は、「おろか」「にぶい」という意味である。
中国最古の字書『説文解字』に「慧ならざるなり」とあり、「さとくない」「かしこくない」ことを言う。
「痴」は元来は病気の範疇に入るものであるが、治療の対象となる病理的な疾患とは区別される。
また、「痴」には派生義で、何か一つのことに耽溺するという意味がある。
特定のことに極端な執着を示し、周囲の人々には愚かしく映ることを言う。耽溺の対象によって、「書痴」「花痴」「石痴」「情痴」などと言う。
古典詩における「痴」
中国古典詩における「痴」字の用例は、古くから見られるものではない。『詩経』にも『楚辞』にも、また『文選』にも用例がない。
唐代に至ってようやく用例が見られるようになるが、初唐・盛唐はまだごくわずかであり、まとまった数の用例が見られるようになるのは中唐以降である。詩語としての「痴」は中唐に始まると言ってよい。
このことは中唐の詩風と無関係ではない。中唐の詩人たちは、それまで詩に歌われなかったような文字を好んで用いた。そうした中で、従来詩語としてほとんど用いられなかった「痴」字が用いられるようになったのである。
中唐以降、「痴」字はただ使用頻度が増したばかりでなく、その用いられ方においても、詩語としての厚みと深みを帯びるようになる。
(一)愚昧の「痴」
用例の大半は、原義の「おろか」という意味で用いられている。
白居易の「對酒五首」(其二)は、自らの処世観を次のように歌う。
蝸牛角上爭何事 蝸牛角上 何事をか争う
石火光中寄此身 石火光中 此の身を寄す
隨富隨貧且歡樂 富に随い貧に随い 且く歓楽せん
不開口笑是癡人 口を開いて笑わざるは是れ痴人
儚い人生、それぞれ身分に応じて歓楽を尽くせばよい。愉快に笑いながら日々を送れない人間は愚か者だと語っている。
同じ白居易の「春遊」詩に、
逢春不遊樂 春に逢いて遊楽せざるは
但恐是癡人 但だ恐らくは是れ痴人
とあるのも、同じ詩意である。
ここでの「痴」は、愚昧を意味するものであるが、道理を解さない愚か者という基本的な意味に加えて、風流を解さない、文人らしくない野暮な男という語気が含まれる。
中唐以降の詩語としての「痴」は、人や自分を愚かと呼ぶだけではない。「痴」字をめぐって、そこに文学的な風趣を醸し出そうとしたり、哲学的な議論を提示しようとしたりする新たな傾向がある。
(二)恍惚の「痴」
「痴」の本字は「癡」であり、これを構成する「疑」字は「止まって進まないこと」を言う。「癡」はまた「凝」と通じ、頭の働きが凝り固まった状態を表す。
ここから派生して、詩語としては、精神がぼんやりとするさま、思考が滞り恍惚とするさまを表す。
元稹の「連昌宮詞」に、次のようにある。
樓上樓前盡珠翠 楼上 楼前 尽く珠翠
炫轉熒煌照天地 炫転 熒煌 天地を照らす
歸來如夢復如癡 帰り来りて 夢みるが如く 復た痴なるが如し
何暇備言宮裏事 何の暇ありて備さに宮裏の事を言わんや
若い頃に離宮で給仕していた老翁が昔を思い起こして語る。連昌宮の豪華絢爛たるさまを追想し、まるで夢を見ているかのように恍惚として気が抜けたさまを「痴」字を以て歌っている。
韋荘の「倚柴關」詩にも、これとよく似た表現が見える。
杖策無言獨倚關 杖策して言無く 独り関に倚る
如癡如醉又如閑 痴なるが如く酔うが如く 又閑かなるが如し
柴門に寄りかかって故郷に思いを馳せながら、終日独り佇んでいる。微酔い気分で朦朧とした心情を歌ったものである。
これらの「痴」は、一時的に思考が停滞しているさまを言うものであるが、マイナスの語気は全くない。雑念や邪念のない無心のさまを表す語であり、詩的情趣を感じさせるものである。
(三)耽溺の「痴」
特定の「物」に対して極度の愛着を示す意味の「痴」は『全唐詩』には用例がない。宋代に至ると、「書痴」を初め「詩痴」「花痴」「銭痴」など多くの用例が見られるようになる。
一方、男女の情に関する「痴」は、例えば、唐末の廬仝の「月蝕詩」で、次のように歌われている。
癡牛與騃女 痴牛と騃女
不肯勤農桑 農桑に勤むるを肯んぜず
徒勞含淫思 徒に労して 淫思を含み
旦夕遙相望 旦夕 遥かに相望む
「牽牛織女」の故事になぞらえて、男を「痴」、女を「騃」(おろか)と形容し、男女の情愛を歌ったものである。
こうして唐詩に歌われるようになった「情痴」は、後世の戯曲や通俗小説における主要なテーマの一つとなる。
作中で情に溺れる馬鹿な男と女は、「痴児騃女」「痴男怨女」「痴雲騃雨」など、対偶でさまざまな言い回しがされるが、男の方にはつねに「痴」字が冠されている。
自嘲から自負へ
「痴」の原義がマイナスの価値のものであるゆえ、元来は、この文字を以て他人を評すれば軽蔑や誹謗となり、自らを称すれば自嘲や自戒となった。
しかしながら、中唐以降の詩においては、必ずしもそうではない。
白居易の「種茘枝」詩では、詩人が自らを「痴」と呼んでいる。
紅顆眞珠誠可愛 紅顆 真珠 誠に愛すべし
白鬚太守亦何癡 白鬚の太守 亦何ぞ痴なる
十年結子知誰在 十年 子を結ぶも 知んぬ誰か在る
自向庭中植茘枝 自ら庭中に向て茘枝を植う
「白鬚太守」は、当時忠州刺史であった白居易自身である。たとえ十年後に茘枝が実を結んでも、その時にはわたしはもうこの世にいないであろうに、それなのにせっせと茘枝を植えている、そんな自分はなんと愚かな老人だろうか、と歌っている。
自らを「痴」と呼び、表面的には自嘲であっても、自らの行為を愚行として卑下しているわけではない。「痴」は、多くの場合、常識的な考え方や世俗的な価値観を度外視した超然とした態度を示すものである。
宋代に至ると、自称としての「痴」の用例が頗る多くなる。
北宋の蘇軾が「王中甫哀詞」の中で、
堪笑東坡癡鈍老 笑うに堪えん 東坡 痴鈍老
區區猶記刻舟痕 区区として 猶お記す 刻舟の痕
と歌い、また南宋の陸游が「思故山」詩に、
從渠貴人食萬錢 渠の貴人 万銭を食すに従す
放翁癡腹常便便 放翁 痴腹 常に便便
と歌う。
ここの「痴鈍老」や「痴腹」には、自らを戯画化した諧謔的語気を漂わせながらも、何物にも動じない悠然とした態度、自分は世俗的社会とは無縁だと言わんばかりの傲然とした気構えを窺い見ることができる。
「痴」字が詩の中で歌われる時、それが肯定的な意味合いと思想的・文学的な情趣を持ちうるのは、「痴」という概念が世俗からの隔たりを示すものであるからにほかならない。
「痴」は、言わば「俗」との対峙において「雅」を担うものと言ってよい。多くの詩人にとって、「痴」と呼ばれることは、高雅な文人と見なされる証であった。
宋代に始まり、「痴斎」(宋・余儔)、「痴叟」(宋・田如鼇)、「痴絶叟」(宋・顧禧)など、詩人が自らの号に「痴」字を用いたり、あるいは、『痴業集』(宋・羅公升)、『痴絶集』(元・林月香)など、自らの著作に「痴」字を冠したりするようになる。このことは、詩作における「痴」字が自負の念を示すようになったことを裏付けるものと言ってよいだろう。
*本記事は以前投稿した以下の記事を簡略に改編したものである。