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【三国志秘話】曹丕と曹植~1人の女性をめぐって

曹操の息子、曹丕そうひ曹植そうしょくの仲の悪さは有名である。

それを象徴するのが「七歩詩」のエピソード。

「七歩あるくうちに詩を作れ、作れなきゃ処刑だ!」

というトンデモ兄貴のパワハラである。

天才曹植が即座に、

「兄さん、なんで僕をいじめるの?」

という主旨の詩を作って、曹丕が痛く恥じ入った。

という出来すぎの話で、もちろん後世の作り話である。

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それはさておき、この兄弟の確執を物語るエピソードがもう一つある。

世説新語せせつしんご』の「惑溺」篇に、こんな話が載っている。

絶世の美女しん氏はもともと袁煕えんきの妻だった。曹操がぎょうを攻め落として甄氏を手に入れようとしたら、息子の曹丕が父を出し抜いてさっさと甄氏を連れ去ってしまった。「なんだ、まるで奴のために戦ったみたいじゃないか!」と曹操が地団駄を踏んだ。

というドタバタ劇であるが、とにもかくにも甄氏は曹丕の妻となって、曹叡そうえい(のちの明帝)を産んだ。

が、のちに曹丕が他の女性に気が移って寵愛が薄れ、愚痴をこぼしたら死を賜った。

なんとも数奇な運命の女性である。

曹植

さて、曹植に「洛神らくしん」という作品がある。

洛水の女神に寄せる思いを歌ったものだが、『文選もんぜん』の李善りぜんの注に拠れば、これは曹植が甄氏を追慕して詠じた作だという。

李善が引いた「洛神の賦」の成立に関する逸話は、こう語っている。

曹植が甄氏を思慕し自分の妻にと望んだが、曹操はそれを許さず、曹丕に嫁がせた。甄氏の死後、曹丕は甄氏の枕を曹植に与えた。洛水のほとりでその枕をして寝ていると、夢の中で亡くなった甄氏が現れ、曹植に語りかけて、「わたくしめもあなた様をお慕い申して上げておりました」と秘めた思いを打ち明けた。曹植は悲喜交々感極まって賦を詠じた。

曹丕がなぜ曹植に甄氏の枕を与えたのか、謎だ。
性格の悪い曹丕だから、弟の気持ちを知ってて逆撫でしたのか・・・

まあ、そんなことはどうでもよしとして、この曹植と甄氏の逸話、なかなかドラマチックでロマンチックな話である。

甄氏

と、こう書いておいて興醒めな話だが、実は、この逸話は少々あやしい。

「洛神の賦」の李善注は、李善本人によるものではなく、後世の人が誤って加えたものだとする説がある。

そもそも、この賦が甄氏を思慕して詠じたもの、というのも確証はない。

「洛神の賦」に書かれている内容は史実と齟齬があり、洛神のモデルは曹丕だとする説や、曹植の妻さい氏だとする説、いや、妻以外の女性だとする説、いやいや、そもそもモデルなどいなくて曹植の理想を託したものだとする説など、諸説紛々としている。

まあ、しかし、中国の文献は正史でさえ嘘ばっかりだから、ましてや逸話集など当てにならない。

モデルは誰、寓意は何、と穿鑿すること自体野暮なのかもしれない。

文学として鑑賞するなら、「洛神=甄氏」でないと文学にならない。

いずれにしても、後世、この物語を題材とした小説や演劇は、すべて甄氏を思慕して詠じたものという前提で創作されている。


顧愷之「洛神賦圖巻」



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