見出し画像

「小早川秋聲-旅する画家の鎮魂歌」展

「小早川秋聲-旅する画家の鎮魂歌」を観ました。世界各地に遊学した「旅する画家」としてのはじめての大規模な回顧展です。

特に画業を学ぶため中国への渡航は複数回に渡り、大陸の広大な情景を写し取っています。1931年に満州事変、37年に日中戦争がおきると、戦地に何度も赴き、従軍画家として数多くの戦争画を残しました。広大な大陸を舞台に、秋聲が好んだという夜景や黄昏時の兵士を描いた作品が印象的です。

画像1

最近発見されたという『虫の音』は、疲れた兵士がおもいおもいの格好で眠る様子を描いています。亀井文夫による1939年の戦記映画『戦ふ兵隊』と共通するような観察眼を感じます。

画像2

死後しばらく忘れられた画家だった秋聲を一躍有名にした『國の楯』は、暗闇に横たわる陸軍将校の遺体を描いた作品。陸軍省の依頼で描いたものの受け取りを拒否され封印していた本作を、戦後、秋聲本人の改作により世に出したそうです。元は遺体が光を放ち、桜の花が舞い落ちていたものを全て黒く塗りつぶしたという改作のプロセスや、『軍神』『大君の御楯』などから作品名が変遷したことも興味深い。

東本願寺派の寺の息子として生まれ僧籍を持つ秋聲は、画家として従軍する一方、僧侶として慰問も行っていたということです。これらの戦争画をどのような心持ちで描いたのでしょうか。

画像3

戦後の『天下和順』は、広大な野原に無数の男たちが集まり、甕の酒を酌ですくい、列をなすようにして踊り、月輪が輝く金色の霞の中にその姿が溶け込んでいきます。まるで眠る兵士たちが見た夢のように思えてきます。

展覧会は東京ステーションギャラリーで11/28まで。その後鳥取県立博物館へ巡回。

『虫の音』1938年
『國の楯』1944年、1968年改作
『天下和順』1956年

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?