【短編小説】AIの夢見る夜は 第3章:コードネーム:ニューロリンク
第3章:コードネーム:ニューロリンク
1:新たな出会い
芸術大学を卒業してから、私は都市の中心部にある小さなアパートに住んでいた。
この部屋は、私がひとつひとつこだわって選んだアンティークな家具やクラシカルな装飾品で満たされており、外のAIで管理された無機質な世界とは対照的だった。
窓の外には、ホログラフィ広告が絶え間なく点滅し、自動運転車が規則正しく行き交う。
そんな無機質な光景を背に、私は古いレコードプレーヤーから流れるノスタルジックな音楽に耳を傾けながら、タイプライターに向かう日々を過ごしていた。
ある日、近所のカフェでAI研究者の笆ルクと出会った。その日は冬なのに居住エリア一帯の空調のメンテナンスだった。
朝からひどく寒く、私は暖を求めてカフェに駆け込んだ。
いつもより混み合っている店内で何とか空席を見つけると、隣には私と同じように寒さに震える男性が座っていた。
「寒いですよね。今日は特に冷えますね」
彼が話しかけてきた。
「ええ、本当に。こんなに寒いと体の芯まで冷え切ってしまいますね」
私は思わず笑みを浮かべて答えた。すると彼もまた、優しい笑みを返してくれた。
「あなたも、どこか寒そうな雰囲気がありますね。もしかして…北国のご出身ですか?」
彼の言葉に、私はハッとした。
確かに私は北の地方で生まれ育った。雪深い冬、凍てつく寒さ、そして人々の温かさ。それら全てが、私の心に深く刻まれている。
「そうなんです。よく分かりましたね」
私が少し驚いて答えると彼は頷いた。
「僕もです。故郷の冬景色が恋しくなりますよ」
そう言って、彼はコーヒーカップを両手で包み込むようにして温めた。その仕草を見て、私は思わず笑みがこぼれた。
ルクと名乗るその青年は、海外の寒い国で育った帰国子女だと言った。
AIで管理された無機質な街で、北の寒さを知る人と会話するのは何年ぶりだろう。私たちはすぐに意気投合し、頻繁に会うようになった。
私たちは故郷の話、芸術の話、そしてAI技術の話で盛り上がった。
ルクはAI技術の最先端を研究しており、彼の語る未来の技術は、私の心を躍らせるものだった。
特に、人間の脳とAIを直接接続する「ニューロリンク」という技術には強い興味を惹かれた。
「エレナさん、今度私の研究室に来ませんか?最新のニューロリンクのデモをお見せしますよ」
ルクは目を輝かせながらそう言った。私は二つ返事で承諾し、数日後、彼の研究室を訪れることになった。
2:開かれる扉
そこは最先端のAI技術が集結した場所で、まるでSF映画の世界に迷い込んだようだった。
白衣を着た研究員たちが忙しそうに行き交い、巨大なモニターには複雑なデータが表示されていた。
私はこの空間に足を踏み入れただけで、自分が未来にタイムリープしたような錯覚に陥った。
ルクは私を研究室の中央に案内し、最新のニューロリンクのデモを見せてくれた。
それは人間の脳波を解析し、感情や記憶を可視化する技術だった。
ルクは被験者の脳波をモニターに映し出しながら、説明してくれた。
「この技術を使えば、人間の心の奥底にある感情や記憶を読み取ることができます。例えば、過去のトラウマを克服したり、精神疾患の治療に役立てることも可能です」
私はその技術に驚くと同時に底知れぬ恐怖を感じた。
「本当にこんなことが可能なの?」
ルクは真剣な表情でこう答えた。
「可能です。しかし、その力をどう使うかは慎重に考えなければなりません」
私は、この技術を利用することへの期待と恐れの間で揺れていた。
母の失踪の謎を解くために、この技術が役立つかもしれないという希望が私の心に芽生えていたからだ。
「ルク、私も研究に参加できますか?」
私は提案した。
ルクは少し驚いた様子だったが、すぐに微笑んだ。
「もちろんです、エレナさん。一緒にやりましょう」
私たちは、AI技術が人間の生活にどのような影響を与えるかを探る研究を進めた。
ルクとの共同研究は、私にとって新たな挑戦であり、内面の成長のきっかけとなった。
現実と幻想の境界が曖昧になる中で、私は自分自身の存在意義を問い続けた。
そして、母の失踪の真相に迫るため、ルクと共にAI技術の深淵へと足を踏み入れた。
同時に、私の絵画と小説にも変化が現れ始めた。
以前は暗く閉鎖的な作品が多かったが、AI技術に触れる中で絵にも鮮やかな色彩と未来的なモチーフを取り入れ、より開放的で実験的なものへと変化した。
それはまるで、私の内面が少しずつ解放されていく過程を反映しているようだった。
そして私は新しい小説の執筆に取り掛かった。AIに支配された世界で人間の感情や記憶が操作されるという、恐ろしい未来を描いた物語だ。
タイプライターを叩きながら、母の失踪の謎とこの世界の歪みを解き明かそうと、必死に言葉を紡いでいった。
新作は話題となり、批評家からも高い評価を得た。それは私にとって大きな自信となり、同時に新たな疑問を投げかけるものでもあった。
AIは、本当に人間を幸せにすることができるのか?私たちはどこへ向かおうとしているのか?
これらの疑問を抱えながら、ルクと共にAI技術の研究を続けることを決意した。
母の失踪の真相を解き明かすために。そして、この歪んだ世界に隠された真実を暴くための、長い旅の始まりだった。
そして、この旅路の果てに、私は一体何を見るのだろうか?