短編小説『鋼の心臓に花は咲くか』試し読み【文学フリマ東京39】

「……クソ、何もなしか」

 長い年月を経て剥がれ落ちた、かつて壁だった塊を蹴り飛ばした。食料でも燃料でも、使えるものがあれば何でもよかった。しかし、わずかな希望を抱いて踏み入った廃墟には、何もなかった。精々残っていたのは空になった食料の容器や、経年劣化でもはや形を保つことすら不可能になった衣料品くらいのものだ。
 どれも使い物になりそうにないし、たとえ持ち出したとしても無駄に体力と荷物の容量を食うだけだろう。
 そろそろ引き返そう、そう思って振り返ると、その先に赤い光が見えた。思っていたより時間が経っていたらしく、来た道は初めに見た時よりも暗くなっていた。その薄ぼんやりとした闇の中で、まるで夕焼けにも似た赤い光が滲む。……まだ生きている設備があるのだろうか。
 バッテリーでも燃料でもなんでもいい。使えるものなら何でもよかった。危険なものかもしれないという予感はあった。けれど、その可能性を考慮したとしても、コイツにはきっと利用価値がある。そう思った。

「……こりゃずいぶんと旧式だな」

 思わずそんな声が出た。光の方に近づいてみると、そこにはオレの身長よりもやや大きめの……一般的なヒトの男性より頭一つ分大きいくらいの金属でできた機械が鎮座していた。金属部分が剥き出しになっている……というか元々そういう作りであるところを見ると、恐らく戦闘用に作られた使い捨ての消耗品モデルなのだろう。辛うじて頭や腕、足を模したパーツが付けられてはいるものの、無骨なそのデザインからはヒトに似せようという気概が全く感じられなかった。それはまさに鉄塊と称するのがふさわしい見た目だった。例え電源が入ったとしても、恐らくコミュニケーションをとることはできないだろう。というか、そんな機能なんて最初から搭載されていないだろうとさえ思う。それくらい、素人目に見ても武骨で粗末な作りだった。赤く光っていたのはコイツの頭部につけられたカメラが夕陽を反射していたかららしい。軽くその機体をコン、と叩き、それから静かに触れる。駆動音や振動は感じられない。完全に沈黙しているようだった。上手く解体できれば有用な部品の一つや二つあるだろうが、どこから手を付けたものか……。

「んー……」
「……おや、おやおやおや!ヒトですか!」
「っ、コイツ……!」

 ついさっきまで全く生命の気配がなかった錆びついた金属がなんの前触れもなくそんな声を上げたものだから、オレは咄嗟に銃をソイツに向けた。すると鉄塊は、まるで狼狽えているかのようにその野暮ったい金属の腕を何度も開閉する。その度に赤茶けた錆まみれの関節部分がギィギィと嫌な音を立てた。

「あぁあ、驚かせてしまいましたね。大変申し訳ありません!」

 ゴツゴツとした繊細さの欠片もないその機体からは、お世辞にも似合うとは言い難いような、柔らかくてかわいらしい少女のような声が響いていた。

「落ち着いてください!敵意はありませんから!」

 ギギィ、とまた金属が軋むような音を立てて、鉄塊がその両腕に当たる部分を上げてこちらに語りかけた。その姿勢は降伏を意味する。それを見て、俺は迷いながらも構えた銃を下ろした。機械相手に情を持った訳では無い。ただ、予想以上に円滑なコミュニケーションが取れそうな相手だと判断しただけだ。何か有益な情報を得られる可能性が高い。疫病でヒトの大半が死滅してしまってからは、ヒトどころかまともに会話ができる存在と会うことも稀になってしまった。機械とはいえ、これだけ流暢に喋る相手は貴重な存在だった。

「……ありがとうございます。アナタ、ワタクシのようなバトラーの言葉も聞いてくださるのですね」
「バトラー?」
「おや、バトラーをご存知ない?バトラーというのは、ほら、ここに書いてあるでしょう。ワタクシを作った会社です。バトラーは、ワタクシのような軍用の自動人形や、単純なヒトの補助を目的とした機械を主に制作しておりました。高度な技術を用いない、安価に量産できるモデルですね。そこから転じて、単純作業や軍事などに用いられる……まあ、言わば使い捨てモデルの自動人形の総称として用いられます」

 目の前の自動人形は、まるで使い捨てモデルとは思えないくらい饒舌に解説をして見せた。

「まあ、これはヒト風に言うと蔑称なんですけどね。いわゆる差別用語です。粗悪品、安っぽい、雑に扱っても構わない、というような意図で使われることが多かったですね。百二十年くらい前のヒトの皆さんは、ワタクシのようなモデルとはなかなかきちんとお話してくれない方も多かったですから……。でもよかった、もう差別を知らない世代がいるのですね。あなたがバトラーを知らないということは、きっとそういうことなのでしょう」

 まるで微笑んでいるかのように穏やかな口調でそう語りかけられる。あまりにも温かみのある声に感じるものだから、目の前の機械とその声が結びつかない。

「あなた……えー……あなたのことはなんとお呼びすれば?」
「あ、ああ。すまねぇ……オレは、コト」
「コト様」
「……様はつけなくていい。なんかむず痒い。オレは別にアンタの主人でもなんでもない」
「では……コトさんで」
「じゃあ、まあそれでいい。アンタのことはバトラーって呼べばいいか?」

 オレの問いかけに、ソイツはゆるゆると首を横に振る。

「いいえ、バトラーは種族名のようなものです。ワタクシの名前は別にあります」

 ゆったりとした、それでいて上品さを感じるような仕草で、機械人形は恭しく胸に手を当てるような姿勢をとる。

「ワタクシの名はレグルス。我が伴侶から貰い受けた、大切な名前です」
「……伴侶?」
「ええ。ワタクシの妻、エイミー。彼女がワタクシにくれた名です。元は星の名前だそうです。ほら、ワタクシのカメラ。初めて出会った時、ここが光るのを星のようだと思ったから。それで星の名前を付けてくれたそうですよ」

 機械人形……レグルスはキュルキュルと音を立てながらカメラ部分のパーツを動かして見せた。……いや、そうではなくて。

「いや、名前のことはわかった。オレもいい名前だと思う。そうじゃなくてさ。えっと、何? 伴侶って言ったか?」

 自動人形からはまあまず出て来ないだろうという単語が聞こえたものだから、思わずそう問いかけてしまった。

「伴侶っつーのはあれだよな。結婚相手のことでいいんだよな?」
「ええ、その認識でいます。何か?」
「いや、機械が結婚するのかなって……」
「ええ、ええ。確かにワタクシのような機械人形でケッコンした者は少ないでしょうね。もしかしたら、世界で初めてケッコンしたバトラーかもしれませんね?」
「ああ、そう。そうなのか……。機械同士が結婚、ねぇ」

 そう呟くと、レグルスは首を傾げた。

「機械同士? 誰と誰が?」
「いや、アンタとその、エイミーっつー機械?」
「おや、違いますよ?エイミーはヒトです。ヒトの女性ですよ」
「そう……なのか……」

 機械が結婚するという話も聞いたことがないし、ましてや機械とヒトが結婚するなんてありえない。理解が追い付かなかった。

「その、アンタとエイミーは……なんで結婚しようと思ったんだ?」
「なんで。はて、なんでと言われましても。ヒトは生涯を共にしたいと考える相手にケッコンを申し込むのでしょう? それと同じですが」
「……というと?」


★『鋼の心臓に花は咲くか』試し読みはここまでとなります。

『鋼の心臓に花は咲くか』本編は12月1日(日)開催の文学フリマ東京39【う-02】クソデカ感情ハピエン党にて頒布予定の新刊『御呪』でお読みいただけます。
『鋼の心臓に花は咲くか』はクソデカ感情スチームパンク風SF短編です!
『御呪』一番の陽キャと名高い(?)機械人形レグルスの惚気話をぜひお楽しみください。

『御呪』は「結婚」をテーマにした鹿野月彦と四ツ倉絢一の合同誌となります。
鹿野の作品は『鋼の心臓に花は咲くか』含む4編が収録されています。


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