短編小説『葉桜』試し読み【文学フリマ東京39】
「私、今度結婚するの」
彼女はまるで明日の天気の話題でも出すかのような気軽さでそう言った。
「……そうなんだ」
「え、なにその反応! もーちょい祝ってくれてもよくない?」
「いや、祝うより先に呆れが来た。え、何? 急すぎない? 今までそんな話全然してなかったじゃん」
ヘラヘラと彼女が笑う。人生の重要なターニングポイントの話をしているのにあまりに能天気すぎる、気に入らない。
「まー言ってなかったからね」
「言ってよ」
「だって里桜、そう言う話すんの嫌いじゃん。修学旅行とかでも恋バナしよーってなったとき真っ先にくだらないって言って寝てたじゃん」
「それはそうだけど。でもあんたにとっては重要な話なんでしょ。だったらちゃんと言ってよ」
恋の話には微塵も興味はない。恋の話には、ない。
「あっ、そうなの? そういう話すんの嫌いだと思ってたわ」
「……他人の恋愛話に興味無いだけ」
「それ言ったら私だって他人じゃん」
「そう、かもしれないけど」
芽衣にとって私はあくまでも他人なのか。ある意味間違ってはいないのかもしれないけれど。彼女にとって、他人とそうでない人間の境界線はどこだったのだろうか。十年近く一緒にいたのに、それを他人扱いとは。ずいぶんと、薄情なものだ。
「恋愛話っていうか、今後の人生に関わる話でしょ。学生の時の浮ついた話とは訳が違うじゃない。それくらいは教えてくれたっていいんじゃないの?」
「あー、なるほど。一理ある」
「本気で今までずっと言うつもりなかった訳?」
「え、うん」
「なんで」
「だって里桜に嫌な顔されたくないんだもん」
「……しないよ」
「してるよ!」
「してない」
「してるよー。今もう既に人殺しそうな顔してるし」
「……そんな顔してない」
「バレたか。まあだいぶ盛ったけどさ。でもマジでずっと不機嫌そうな顔してるよ」
「別に」
「え、何? そんなに不満?」
不満か? 不満かって? そんなの、不満に決まってる。何も教えてくれなかった芽衣にも。こんな感情を抱える自分にも。
「不満……じゃないけど」
「えー、不満じゃないの? その顔で? じゃあそれどういう感情?」
芽衣はいつもこうだ。お気楽で、無遠慮で、人の気持ちなんか微塵も考えちゃいない。そうやっていつも、人をお構い無しにその光で焼く。
「思ってることあるんならちゃんと言ってくんなきゃわかんないって」
ほら、また。簡単に言ってくれる。あんたはいいよね。思ってること全部顔に出て。素直に笑って、怒って、ワガママ言って。あんたはいいよね、わざわざ言わなくたって、全部周りに丸わかりなんだから。周りがわかってくれるから、あんたはそんな風にヘラヘラ笑っていられるんだ。こんなに長く一緒にいたら、あんたのことなんか手に取るようにわかる。わかる、はずだったのに。
★『葉桜』試し読みはここまでとなります。
『葉桜』本編は12月1日(日)開催の文学フリマ東京39【う-02】クソデカ感情ハピエン党にて頒布予定の新刊『御呪』でお読みいただけます。
『葉桜』はわかりやすく百合です。よろしくお願いいたします。
『御呪』は「結婚」をテーマにした鹿野月彦と四ツ倉絢一の合同誌となります。
鹿野の作品は『葉桜』含む4編が収録されています。
◎同時収録の短編『鋼の心臓に花は咲くか』の試し読みはこちら!