【岩手県九戸村】ふるさと創造館で初めての囲炉裏料理〜カネ餅と串もちを焼いて食べる
北東北には数多くの伝統料理があるが、それらの中には今まさに失われつつある料理も数多い。
その理由は数あれど、嗜好や健康意識の変化以外にも、生活形態の変化で昔のように作ることが非常に困難になった料理もある。その代表的な料理は囲炉裏を使った料理だろう。
かつては各家庭に必ずのようにあった囲炉裏だが、一般の家庭で現在も囲炉裏が残っている場所はまずないだろう。
そもそも自分は、囲炉裏を使ったことがない。
宿泊施設や観光施設の一部にはほぼ飾りとして併設されているのを時折見かけ、郷土館などにいけば大体展示されているが、それらを実際に使う機会はほとんどないだろう。
そう思って調べていたところ、岩手県九戸村にあるふるさとの館という施設に併設されているふるさと創造館をレンタルすれば、中で囲炉裏が使用可能という話を聞いた。
ふるさとの館は九戸村にある、宿泊施設が中心になった複合施設だ。ふるさとの湯っこという日帰り温泉や前述したふるさと創造館、暖かい季節はパークゴルフやスキーを楽しむことができる場所であり、自分が訪れた際はパークゴルフや温泉目当ての人々で賑わっていた。
ふるさと創造館は大正時代に建てられた直屋作りの古民家を、平成に入ってから移築したものだ。
当時の歴史を物語る資料館として見学することはもちろんのこと、中には電気や水道も通っておりレンタルスペースとして利用することも可能というありそうで意外と中々ない形態をとっている。
さて、施設内の紹介が長くなったがここからが今回の本題の囲炉裏料理の話だ。
まずは火を起こし、ある程度安定させる。
バーベキューの経験がある人はご存知だと思うが、炭はマッチやチャッカマン程度で直接火をつけるのは中々難しい。火がつくとしばらく燃え続ける代わりに、そのまま着火させるにはそれなりに大きい炎が必要になる。
囲炉裏料理は灰を使うこともあるので、あまり着火剤なども使いたくない。(この記事を読むような人なら分かっていると思うが、囲炉裏の中に食べ物と木や炭といった燃料以外を入れるのは御法度だ。ゴミ焼きのような感覚でスナック菓子の袋や道具の包装などを焼くと灰の質が悪くなってしまう)
今回は囲炉裏においた炭をガスバーナーで直接着火した。
炭に火がつくと、部屋中に独特の香ばしい香りが広がる。バーベキューなどと同じ匂いではあるのだが、屋内なのがなんだか不思議な感覚だ。
火が安定するまで調整しつつ、今回作る料理の準備をする。今回作るのはカネ餅と串もちだ。
カネ餅は秋田のマタギの間で作られていた携行食で、ゴールデンカムイに登場したことで知った人も多いだろう。この作品がきっかけで、NHKのグレーテルのかまどでもレシピが作られた。
カネ餅の作り方はゴールデンカムイの作中では「米粉に水を加えて味噌か塩を混ぜ、よく捏ねて葉っぱに包んだ後に囲炉裏の灰の下で蒸し焼きにしたもの」と紹介されている。こちらは公式SNSで言及された参考文献である「秋田マタギ聞書」に準じたものだろう。
書籍では集落ごとのカネ餅の作り方についても解説されている。その中でも仙北郡の上桧木内村戸沢の集落のカネ餅は「うるち米ともち米の粉を半分ずつ混ぜ、塩で味付けしたもの」とのことで、これが一番作りやすそうだ。
道の駅で購入したうるち米の粉ともち米の粉を同量配合したものを水でこね、塩と味噌で調味する。
また、ゴールデンカムイの作中で登場した「くるみ入りのカネ餅」も作ってみることにした。
また、囲炉裏でカネ餅を作った経験のある方の記事によるとカネ餅を焼く際は葉に包む前に表面を軽く焼き固めておくと良いとのことなので、事前に表面をフライパンで焼いておく。
そして串もち。
こちらは現在家庭で作られることはほぼないと思うが、旧南部藩地域の観光施設や産直などでは現在も定番のおやつとして売られている。
そして串もちという名前とは裏腹に、一般的に使われるのは米ではなく小麦粉である。
小麦粉 (中力粉を使うことが多い気がする)に1つまみの塩を加えてこね、浮いてくるまで熱湯で茹でる。
これを串に刺して火で炙り、表面が乾いたらすり潰したくるみやじゅねの実 (エゴマの種)を混ぜた甘い味噌ダレを塗って焼くと完成だ。
ここまでの作業は事前に自宅で行なっており、ここからの作業は火を調整しつつ行なっていく。
まずカネ餅を葉で包んでいく。本当はシナノキの皮で作った紐があれば良かったのだろうが、今回は麻の紐を使った。
そして串もちと一緒に、今回は岩手産のブロイラーのささみに塩を振って焼くことにした。
本当は岩魚や鮎を焼くつもりだったのだが、今回は自分の準備不足で手に入れることができなかったので急遽こちらになった。
北岩手地域はブロイラーの養鶏が盛んな地域である。地元の食材を食べる、という意味ではこれはこれで悪くないと思いたい。
このささみ、誇張でもなんでもなくこれまで食べたささみで一番美味しかった。
じっくりと炙りられたおかげで表面は乾いて薄く皮が張ったようになっているのだが、歯が入るとぷつりと弾ける食感が絶妙でちょうどソーセージの皮のようになる。
対して中身はというと、できるだけしっかり火を通したつもりのだが非常にジューシー。低温調理を施したかのように齧るごとに熱々で旨みの強い肉汁が溢れ出す。これもまた、それこそ上等なソーセージのようだ。肉は遠火でじっくり炙るのが良いとは効くが、まさかここまで明確に変わるとは思っていなかった。
そして何より素晴らしかったのは炭の香りだ。
片方は塩だけの味付けであり、食べる前は醤油かわさびを持ってくるか、せめて塩胡椒にすれば良かったと後悔もしたのだが全くの杞憂だった。考えてみれば、現在多くの燻製の主たる目的は保存性の向上よりも風味の向上だ。煙の香りはそれ自体が食欲を増進させる。炭の香りはスパイスなのだ。
そしてこの香ばしい香りは、鶏肉の穏やかな風味とよく合う。くるみだれを塗った方も燻製の風味がかき消されてしまうかと思いきやそうではない。総合以上にくるみだれ自体が炭の風味を良く吸っている。そういえば燻製の香りは油がよく吸うので、燻製を作る際は脂肪の多い食材を使うことが基本だ。燻製ナッツなどはまさしくその定番であるが、ただの味噌ダレではなくくるみ味噌だからこそくるみが炭の香りを吸っているのだろうか。
とにかく、現在も炭火にこだわる焼き鳥屋は多いが、その理由がよく分かる。焼き鳥は長らくタレ派であったが、今度そういった店に行く時はぜひ塩を頼もうと心に刻んだ。
そして串もち、これはというとまあ当たり前なのだが素朴で美味しい普通の串もちの味だ。幼少時代から食べ慣れている、朝市などで売られているあの味である。
ただ改めて食べてみると、思っていた以上に串もちの風味というものは炭火特有の風味が強いということがよく分かる。五平餅や焼きまんじゅうに似ていると思う人も多いだろうが、米と小麦粉の違いや食感の違い以上にこの違いの大きさを感じる。
前述した通り、串もちはじゅねやくるみといった脂分に富んだ種子の仁をすりつぶしたものを加えた味噌ダレを塗るのが定番だ。それ自体の風味はもちろんのこと、この油分で炭の香りを強くつけることが串もちの味わいの重要な部分であり、何よりの特徴な気がしてくる。
そしてそろそろいい頃合いだと思うので、埋めておいたカネ餅を掘り出す。
紐を切り、葉を開くと非常に強いふきの葉の香りを感じる。
考えてみればそりゃそうなのだが、この「植物の葉に包んで蒸し焼きにする」という調理法は包んでいる植物の香りも強く出るらしい。
これは色々な応用が効きそうだ。
まず塩だけで味付けしたカネ餅を食べた。
これはあれだ、月見団子の味だ。十五夜に食べる味付けしてない素朴な丸い月見団子、あれにフキの風味がついて少し硬めになった味だ。
味噌バージョンはちょうどふきの香りと味噌の香りが混じり合い、ばっけみそ (※)のような香りでかなり期待できたのだが……味は味噌入りの月見団子だ。
※東北地方で広く食べられている、ふきのとうを混ぜ込んだ味噌のおかず。一部のコンビニでは地域・期間限定でおにぎりの具になるほど人気かつ定着している春の味覚
どちらも決して不味くはないが、よほどお腹が空いている時でもなければこれ単品を好き好んでは食べないだろう。実際、これはよほどお腹が空いている時に食べるものなのだが。
これは間違いなく食べる順番が悪かった。
前提として串もちはおやつという嗜好品であり、カネ餅は最後の最後に食べる携帯用の非常食だ。携行性が皆無の串もちを山に持っていくわけにはいかないし、カネ餅は別に普段から食べるようなものではない。
比べるとするならばせめてバター餅だと思う。あれなら味だけでも串もちに余裕で対抗できる。更に携行性と保存性にも優れているのだから、今では秋田土産の定番だ。
そしてゴールデンカムイに登場したくるみ入りのカネ餅なのだが、これは全然違う。ものすごく美味しい。
味付けがシンプルなためか、くるみの風味がかなり強い。蒸し焼きにしているために水分が少なく、それゆえにくるみの油分を強く感じてどこかクッキーを思わせる。味については塩だけでも味噌でもかなり美味しい。
くるみを入れただけなのだが、はっきり言ってカネ餅とは全くの別物だ。これは親父も怒る。これはカネ餅ではなくニシパ餅と呼ぼう。
このニシパ餅、更に砂糖を加えればかなりバター餅に近い食べ物になるだろう。
また、食べていて思ったのだがこのカネ餅 (とニシパ餅)は、串もちとは違いあまり炭の風味は感じない。ゴールデンカムイ作中でも言及された、おそらく蒸し焼きに由来する「弾力のある硬めの食感」は確かに月見団子などと比べて特徴的であるが、NHKでの再現レシピのように「アルミホイルで包んでオーブンで焼く」という調理法でもほとんど同じものができることが改めてわかった。
なお、囲炉裏を使った後はものすごく灰が飛び散る。
モップなどは部屋の中に置かれているが、その前に水拭きをした方がいいだろう。
知識として存在は知っている道具でも、実際に使ってみて分かることは非常に多い。
見て触るのみならず、味覚、嗅覚、聴覚と五感をフル活用して得た今回の体験は、既に大人の自分でも非常に忘れ難いものとなった。
そして九戸村という村そのものも、非常に魅力的な村だった。
ここふるさと創造館はもちろんのこと、集落も無人販売所が何件も立ち並ぶこの村にいると、なぜかのんびりと過ごしてしまう。
自然豊かでのどかな村は、夏の思い出作りにぴったりな場所だった。
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