チキンもいいけどきりたんぽ鍋もね
今週日曜日はクリスマスイブ。家族や恋人と過ごす方も多いだろう。
そんな時、食卓に上がるものといえばなんだろう。
ケーキ、勿論それも欠かせない。
国によっては七面鳥だったり鯉だったりするのは承知の上で、一般的に日本のクリスマスの定番といえばチキンは欠かせないはずだ。
そう、チキン。チキンである。
チキンといえばそう。
きりたんぽ鍋である。
以前、秋田県の大館 (おおだて) 市にある秋田三鶏資料館にお邪魔した。
秋田三鶏資料館は大館郷土博物館の敷地内にあり、国指定の天然記念物である声良鶏 (こえよしどり)と比内鶏 (ひないどり)、金八鶏 (きんぱどり)の飼育と繁殖を行っている施設だ。
※12月から3月の期間は休館中
後日大館郷土資料館と合わせて紹介する記事を投稿する予定だが、こちらは職員の方からも様々な話を伺えて非常に面白かった。
さて「なぜ大館市で比内鶏?」と思う方も多いだろうが、比内鶏の名の由来となった比内町は2005年に大館市に編入されている。
また、ご存知の方も多いと思うが、一般的に食用とされている比内地鶏は、この比内鶏をロードアイランドレッドという別の種類の鶏と交配させたものだ。
こちらの本家本物の比内鶏の方は、天然記念物に指定されており食べられない。
最近の学説では鶏が家畜された当初は食用目的ではなく、朝になると甲高く鳴く声の神秘性から人間に飼育されることになったのが始まりとされている、という説が一般的と聞いたことがある。
確かに言われてみれば民話などでは「朝一番の鶏の鳴き声」が重要な役割を示すものが多い気がする。
しかしその声のみならず、羽根の色合いの美しさと堂々とした立派な輪郭は、確かに他の鳥類と一線を画す美しさがある。(勿論、ここの比内鶏が大切に育てられたからこそ特別に美しく育ったことも大きいだろう)
これは是非生きて歩いている姿を間近で見てほしいのだが、特にオスの比内鶏の黒い羽根は構造色がビロードのように輝き、赤銅色の羽根は水晶のようにキラキラと光を反射する。
朱色の鶏冠と山吹色の脚も鮮やかで、まるで絢爛な宝石細工に命が吹き込まれた存在であるかのようだった。
伊藤若冲が魅せられたのもわかる、本当に美しい生き物だ。
まあそれはそれとして、こいつらはめちゃくちゃ美味しいのだが。
現在は直接比内鶏を食べることができないが、彼らの肉はヤマドリ (山鳥ではなくキジの仲間の1種。秋田県内では結構見かける気がする)のような味がするらしい。
残念ながら私自身がヤマドリを食べた経験がないが、幼少時代に猟師の親戚からもらって何度が食べたことのあるという母親曰く相当に美味なものだったという。
他にも職員の方からは面白い話を色々と伺えたが、中でも印象に残った「美味しい鶏肉の鍋を使うポイント」が以下のものだ。
・鍋には必ず長期間育成された鶏を使うこと。若鶏は使ってはいけない
・骨を砕いて煮込み、しっかりと髄をスープに煮溶かすこと
・スープに黄色くて小さい脂の粒子がたくさん浮かぶのはいい鶏の証拠
「親鳥の方が鍋には向いている」と言うのはよく聞くが、骨を砕いて中の髄を使うと言うのは初耳だった。
確かにラーメンのスープなどでは骨髄が出やすいよう豚の骨を割っておく話は聞く。しかし鶏がらスープを割る際、多少割ることはあってもしっかりと砕くまでのことはしたことがなかった。言われてみれば水炊き用の鶏肉は骨ごとぶつ切りになっている気がする。そういうことだったのか。
そんな話を聞いたらぜひ食べたくなる。
長期育成の鶏として、職員の方は親鳥という卵を産むペースが落ちて食用に回された採卵用の鶏を推していた。
(なお、産卵ペースが落ちたことで食肉に回されたことで「廃鶏」と呼ばれて売られていることも多いが、個人的にこの呼び方は好きではないので以降も「親鶏」に統一していく)
しかしせっかくなのだなら比内地鶏を食べたい。
一般的なブロイラーの飼育日数が60日程度なのに対して、比内地鶏を名乗ることができる飼育期間は雄では100日以上、雌では150日以上だ。
流石は比内地鶏というべきだろう、地鶏を名乗ることができる飼育期間の75日よりもさらに長い飼育期間が設けられている。 (地鶏を名乗るためには他にも飼育面積や血統のルールもあるのだが割愛)
しかし採卵用の鶏が卵を産み始めるのは150日前後からで、親鶏として食肉に回される年齢は個体差はあれど1歳から2歳。
そして比内地鶏の卵を使った料理や比内地鶏の卵は、特に大館市内では良く見かける。
ということは、比内地鶏の親鶏というどう考えても理想の存在が実在するのではないだろうか。
数週間ごとにインターネットで調べること数ヶ月、ついに数量・期間限定で飼育期間400日のものが売られていることを確認した。
問題はそのお値段、1羽で8500円。
分かる。確実に値段相応の価値がある。
問題は自分にこの食材を扱えるかどうかだ。
恐らくだがこのレベルになると、普通は料亭や高級レストランに卸されて一流の料理人が扱うような代物だろう。
正直この額の食材となると、失敗した場合があまりにも怖い。なんなら失敗してもそれに気づく自信がない。
あと純粋にそこまでやる金がない
そうこう考えているうちにページには販売終了の文字が並んだ。
本当に扱うべき人間の手に渡ったのだろう。そうに違いない。
しかしやはり、ここまで来たら美味い鶏の鍋が食べたい。
という訳でいつか来たるかもしれない比内地鶏との相対に備えるべく、今回は業務スーパーにて販売されていた親鳥を使ったきりたんぽ鍋を作ることにした。
お待たせしました。
ここからがやっと話の本題です。
バラして骨を折った鶏肉は、余分な脂やアクを抜くために一旦下茹でする。
そして今回は高齢の家族も食べるので、その後に骨や筋の部分と肉の部分を分け前者はお茶用のパックに入れる。
そしてこの状態で圧力鍋で煮ていく。
肉が固い親鳥に対し、圧力鍋はどの程度有効なのか。
その間にきりたんぽも今回は自作してみた。
普通にスーパーで売ってはいるが、比較的簡単に作れるのだ。
そしてきりたんぽ鍋にキノコは欠かせない食材だ。しかし何を入れるかについてはかなり意見が分かれる。
基本は舞茸だが、舞茸ではなく本しめじという人もいれば、この時期の東北では大人気のキノコであるナラタケを入れる場合もある。
これらの中からどれか1つだけを入れる、あるいは組み合わせる。
芋煮の如く作り手の思想が試される場所である。
さて、私は何を入れるかというと……
とにかく色々入れまくる。
さらに写真は撮り忘れたが、舞茸とぶなしめじとマッシュルームも入れた。
キノコ汁はまさにそうだが、キノコは入れる種類が多ければ多いほど旨いと思っている。
これは一種の信仰でありもはや理屈ではない。
さらにこれから出汁が出やすいよう、少量のサラダ油で炒めておく。
余談だが、天然キノコの中でもムキタケはかなりの確率で根元の部分に虫が入っている。
食べやすくするのとツキヨタケが混入していないか確認する為にもムキタケを調理する際は手で割っているが、この際に大抵虫とこんにちはすることになる。気になる方は薄い塩水につけて虫出しするといい。
なお今回は虫が苦手な身内の口に入る可能性があった為にきちんと除去したが、個人的に自分で食べる際は「毒や危険な寄生虫がいない」かつ「何を食べているかはっきりしている」かつ「食味に影響しないちいさな虫」に関しては、加熱調理する場合は一々あまり気にしない。
そうこうしている間に煮ていた肉もそろそろいいだろうか。30分ほど加圧しただろう。蓋を開けてみよう。
すごい、ネギなどの臭み消し入れていないが澄んだスープが取れた。これを元に鍋のベースを作る。
鍋に鶏肉とキノコ、そして今回はごぼうとネギと家にあった里芋を入れる。
サトイモについては「同じく出汁を吸う食材のきりたんぽとかぶるのでは?」と思う方もいらっしゃるだろうが、実際には結構入れる場合も多い。
もちっジュワッとしたきりたんぽの食感とはまた異なるホクッとろっとした食感は、鍋の味わいに新たな彩りを添えてくれる。
これに先ほどの親鳥のスープを注ぎ、醤油と日本酒を加え、味醂と砂糖で少し甘めに味付して煮込む。
そして火が通ったところで一口サイズにきったきりたんぽを入れて……
完成……
ではない。
手前に不自然なスペースが空いていることでご察しの方も多いかもしれないが、きりたんぽ鍋には時にはきりたんぽよりも欠かすことができない食材が存在する。
それが……
セリだ。
きりたんぽ鍋と紹介されるもののレシピにおいて先述のとおり使用するキノコの種類や、里芋などの他の具材については諸説ある。
しかしセリについては絶対に揺るがない。
香りと食感が飛ばないように他の食材に火が通った後、提供する直前に入れるのがミソだ。
ザクザクと切ったら鍋に入れ、火を止めて鍋の蓋を閉め、食卓に人が集まったら蓋を開ける。
今度こそきりたんぽ鍋、完成だ。
キノコの香りと旨みと鶏の旨み、そしてセリの香りと食感が醤油をベースに渾然一体となっている。
寒さが厳しくなる秋から冬の山の恵みを存分に味わう、素朴ながらも完成された鍋。これぞきりたんぽ鍋だ。
砂糖や味醂で甘めに味付けしているとはいえ、メインとなっているのは明らかに糖の甘さではない、いつまでも舌に残るようなアミノ酸の甘味だ。
これに辛口の日本酒を合わせるともうたまらない。
自身の出汁を放出した後、全てが混じり合った出汁を再び吸ったキノコの味は渾然一体となってしまい、もはやどれがどの味か分からない。
しかし1つ1つのキノコはその食感で個性を遺憾なく発揮している。
特にプリップリの食感のムキタケは、それ自体はあまり旨みの強い食材ではないがこういう場でその本領を発揮する。
強いて改善点をいうならば、今回の個体の筋部分は圧力鍋で煮たところトロトロにとろけていたので、神経質に抜く必要はなかったかもしれないところだ。
親鶏は基本的に生育期間によらず、卵を産むペースが遅くなった時点で食肉に回される。
おそらく今回の個体は比較的若い (と言っても1歳は過ぎているだろうが)段階で食肉に回されたので、筋も皮も柔らかかったのだろう。
圧力鍋で煮たことを考慮しても、以前購入した際と比べてやわらかい。
親鶏は個体ごとのバラツキが大きく、この辺りは調理に慣れてその時その時で見極めていく必要がある。これも親鶏が安価な理由の1つかもしれない。
クリスマスといえばローストチキンという方も多いだろうが、鶏を丸々使った鍋を家族や大切な人と鍋を囲むというのも悪くないだろう。
それはそれとして、私は当日ローストチキンを焼く予定である。