御神体スパンキング
「セイッホッ、ホッ! セイッホッホッホッ!」
風呂場で私は、まだ幼稚園に入園したての息子の前で腰を振る。
自分の陰部、つまり『アレ』が右往左往して、内腿に叩きつかれる。その叩きつかれた音が風呂場に鳴り響く。
息子は笑いながら喜んでいる。
これが、いつもの私と息子の『風呂場での風景』である。
私は父親だ。父親という事は色々な意味でも、“威厳”は保たなければならない。
そう。
どんなに『くだらない』事でもだ。
私は子供の目線に立ち、楽しむ時は楽しみ、𠮟る時は𠮟る。そのスタイルだけは当たり前の事だが貫いている。
そして今は楽しむ時間だ。
風呂場はリラックスしなければならない。
私も幼い息子もそうである様に。
2人で楽しめる最高の場所こそが、バスルームつまり『風呂場』なのである。
そして私は腰を振り、自分の『アレ』を内腿に叩きつけて、親としての“威厳”を確立しているのである。
「あなた! 何でいつもいつもくだらない事ばかり教えているのよ! 息子の教育にも悪いでしょ! 幼稚園で真似なんかしたらどうするのよ!」
私の妻はいつも御冠だ。
ムムム。
何故私が𠮟られなければならないのか?
風呂から上がると、裸に正座をさせられ、妻に𠮟られるのが最近定番になってきてしまっている。
子供には『ユーモア』を与えるのは必要だ。
「ちんこ」だの「うんこ」だの、幼稚園児たちにとっては、大好物のワードではないか。
寧ろ、私が今こうやって『裸に正座』というスタイルを、息子が見ている事のほうが教育に悪い気がしてならないと思うのだが。
そんな事をしているうちに、年月が経つのも早いもので、息子は中学生になった。
私の親としての“威厳”も変わりつつあった。可愛い時期など、あっという間に一瞬で過ぎ去っていくものだ。
絶賛反抗期中の息子。私にも妻にも生意気な言葉を使う。
しかしそこで、子供の顔色を伺う親もあってはならない。
締めるところは締める。
それが私のやり方だ。
反抗期であろうが何だろうが、私は私のやり方で息子と向き合っている。
とはいえ、やはりそれが正解なのか、それとも不正解なのか、親としての最大のテーマであり、そしてストレスにもなる。
すると私の行き着く場所は、やはり自ずと『風呂場』になってくるのだ。
最近、面白いアプリを見つけた。
『トークショー・ハウス』
招待制の音声アプリで、会社の同僚から招待されて登録した。
不特定多数の人々と、まるで電話でもしているかのように、『音声』だけで会話が出来るアプリ。
仕様としては、アプリを開くと幾つもの『ルーム』と呼ばれる部屋があり、そこをタップするとその『ルーム』での話、会話をする事が出来る。
会話をする際は、挙手のアイコンがあり、それをタップ。
『ルーム』のモデレーターが承認すれば、『スピーカー』として聞いていたアイコンが今度は『ステージ』に上がれて、そこではじめて会話が出来るという仕組みだ。
最初のうちは聴いているだけであったが、(これを聞き専というらしい)何だか会話に参加してみたくなってしまい、気が付いたら私はこのアプリにどっぷりと浸かってしまっていた。
仕事の合間、帰宅中、家族の就寝後に『トークショー・ハウス』を使っている。
深夜の場合はなるべく、声を抑えて参加している。
ここまでくると、完全に“中毒”といっても過言ではない。
最近では『新型コロナウイルス』が蔓延して、ステイホームが様々なメディアで取り上げられている世の中。私は仕事柄、営業の仕事なのでそうも言っておられず、ステイホームどころか、社用車を使って営業先を回らなければならない。
それに拍車をかける様に『トークショー・ハウス』に私はハマっていくのであった。
そして話は戻るのであるが、やはりストレスフリーになる場所といえば『風呂場』である。
私はジップロックにスマホを放り込んで、風呂に入りながら『トークショー・ハウス』を楽しんでいる。時折会話にも参加して、楽しく会話をしている。
妻は最初のうちは私に注意喚起を促していたが、今では半ば、私がやっている事に諦めているのか、何も言わなくなった(父親としての務めはしっかりと果している。それこそ反抗期の息子に対して、全力で向き合っている事は確かだ)。
そんなある日の出来事。
いつも仲良くさせていただいている、プロの音楽家が主催する、
『誰でも楽器が弾ける、吹ける、鳴らすルーム』
という部屋がある。
私はそこで、ハンドルネーム「ふぉい」さんと仲良くなり、実は住んでいる場所が隣町であった為、会って話をしたり飲みに出かけたりなんかもして、リアルでも仲良くなった。
私はいつものように、ジップロックにスマホを放り込んで、風呂場に向かった。
湯船に浸かりながら、会話に参加していると、ふぉいさんが、
「トルネードさん(私のハンドルネーム)、もしかして今、バスルームですか?」
と聞いてきた。
「えぇ、湯船に浸かりながら聴いてますよ」
「結構イイ感じで響きますねぇ、トルネードさんの声」
風呂場はどうも『トークショー・ハウス』で聞くと、独特な反響音がするようだった。
私も1度、他の人が風呂場から会話しているのを聞いた事があったが、カラオケボックスで言うところの『エコー』が掛かったような感じであった。
「エコーみたいな?」
「そうそう、あ~カラオケに行きたいなぁ~。今は中々難しいですもんね」
「ハハハ、そうですね。ストレス発散になりますもんね」
しかし会話に参加しているものの、やはり些か『風呂場』ではなるべく、聞き専でありたかったりする。
私はふぉいさんに、
「ご迷惑になってしまうと思うので、スピーカーに降りますね」
と言って、自分のアイコンをタップして、ステージから降りた。
入れ替わる様に、このルームの主であるプロの音楽家「フラット」さんがステージに上がった。
「すみません、遅れてしまって。レッスンが長引いてしまいまして」
フラットさんの声が、少し息切れしているように聞こえた。しかしすぐさま、
「あれ? トルネードさん。まだスピーカーにいらっしゃいますね。ステージに上げないんですか?」
するとふぉいさんが、
「今、バスルームで絶賛まったり中ですよ。フラットさんと入れ替わりで降りていきましたよ」
「そうなんですか、いやー申し訳ない。僕が遅れてしまったばかりに。是非とも今日こそは『アレ』を奏でて欲しかったんですけどね」
フラットさんが不思議な事を言い始めた。
「ほら、ふぉいさんがこの間、言っていたじゃないですか。トルネードさんが考案した何でしたっけ?」
「あー、御神体スパンキングですか?」
私は一気に浸かっていた湯舟が、まるで流氷の如く冷たくなる感じがした。
あれはふぉいさんと何度か会って、飲みに行った時に話した事だ。
私がまだ幼かった息子を楽しませる為に、自身の『アレ』を内腿に右往左往と叩きつけた話。
これをふぉいさんがふざけて、
「それって御神体スパンキングって名前にしたらどうですか?」
と言っていた。
それの内容をいつフラットさんに話したんだ?
私は焦る。
「聞いてみたいんですよね~」
フラットさんが止まらない。
「他の皆さんは聞いてみたいと思いませんか?」
ふぉいさんがステージ上で煽りを入れる。
すると「聞いてみたい」という声がガンガン上がってくるではないか。
私は思った。
ここはプライドもクソもない。リアルであった事があるのは、あくまでもふぉいさんだけだ。他の人達(フラットさんを含め)は知らない人たちだ。
だったら!
「セイッホッ、ホッ! セイッホッホッホッ!」
気が付けば私は、あの頃の様に鮮やかに腰を振った。風呂場に鳴り響く、
『ペチンペチン』
というエコー掛かった音。
全てをやり切った感があった。寧ろ清々しいほどに(ヤケクソだが)。
この後、フラットさんや他の人たちに質問攻めにあったのは、言うまでもない事。
しかし、私はその方法は言わなかった。
何故か?
男の『沽券』があるからだった。