塩田千春展に行って感動した話
六本木で開催されている塩田千春の「魂がふるえる」に行ってきた。ごく控えめに言って、今まで観てきた現代アートの中で最も素晴らしい展覧会だと思った。
展示物は撮影OKだったが、僕は撮らなかった。見たときの自分の五感とセットで作品を記憶しておきたかったからだ。なので、この記事を書くにあたって塩田千春展のSNSやニュースは見ず、僕の記憶だけで語っていきたいと思う。
概要
現代アートは「分からなくて当たり前。感じるもの」という、論理や意味をある種のブラックボックスに放り込んだうえで鑑賞する。という認識が僕の中にあった。抽象的な気づきや、後味の良さはあっても、まさか「感動」なんていうことはないだろうと思っていた。だが、塩田千春展でこの認識は見事に覆された。
塩田千春の作品は、人間の感覚の限界を作品化するのではなく、塩田自身が感じた恐怖や希望を作品に落とし込み、鑑賞者が作品を通して塩田千春と通じ合うものだった。そのような形で鑑賞者に寄り添い、ソフトなメッセージで、でもソフト過ぎずに適度な塩梅で伝えようとしていた。きっと、この一番難しい「塩梅」をよく分かっているアーティストなのだと思う。
終始心地よい鑑賞だった。ありがとう塩田千春。
※
ここからは、僕が個人的に良いと思ったものを3つピックアップします。従って、チョイスには偏りがありますのであしからず。
【作品1】大学一年生の頃に書いた、ピンクと赤と白が基調の抽象画
解説には「作品を作るにあたってテクニックばかりが先行して自分のやりたい表現ができていない。抽象絵画では自分が求める表現は無理かもしれない。これは、そんな絵画に対する諦めの決心がついた作品だ」というようなことが書いてあった。
確かにそう言われてみるとそんな絵にも見えた。僕には諦めというよりも、フランク・ロイド・ライトの落水荘の配色を変えて岩みたいな質感にして描いた抽象的な野心作のように感じた。大学1年生がこんな絵を描いたら岸田劉生もびっくりなレベルの力強い色使いと構図だと思ったんですが、彼女の中では諦めて次に行くための通過点だったようだ。
「すごすぎやろ。19歳で? いやいや…。本物は最初っからすごいね」と圧倒されても敗北感はとっくに消え、清々しかった。
【作品2】東京の街を背景にした、おもちゃの展示
第一波の感動が来そうになった。4~5歳の子供が好きそうな小さな家具のおもちゃが数百個近く、床一面に並べられていた。おもちゃには糸が縛り付けられており、それが隣の家具と繋がっていたり、途切れたり、糸の縛りが弱かったりと、さまざまだった。
この光景を一目見たとき、もう大してまっさらでもなくなり始めている、この僕の脳みその中のキャンパスが一瞬、真っ白に戻った気がした。
分からないものを見ているが、「これは……。すごい」という感想しか出ず、脳みそを直接触られているような感じがした。
家に帰って思い返すと、抱いた感想を言葉にするのが躊躇うほど、そこは純粋で希望に満ちた思いで溢れていたように感じる。紐で縛り付けられた家具たちは大きな意味での希望の集まりだと思う。希望を一つ一つ紐で縛りでもしないと、自分と物体の距離感が保てないのかもしれない。これは、激しい独占欲の現れかもしれない。しかし、それらは太陽の光が差し込む窓際の床に敷き詰められている。暗鬱な心象世界には思えない。紐は独占の象徴でもあり、それに対する愛情でもあると僕は思った。
フライパン・小さなシステムキッチン・椅子・ソファ・食器棚。小さくてかわいくて、六本木ヒルズの窓から差し込む光を心地よさそうに浴びていた。
【作品3】焼けたピアノと椅子と黒い糸
第二波がきた。かつてない衝撃だった。
黒こげのグランドピアノが1台と20脚程の椅子が置かれていた。勿論、グランドピアノや椅子からは無数の糸が出ている。糸は黒色。
ピアノには鍵盤が焼け残っていた。ガタガタと震えるように焼け残っていた。これは、焼けかけの状態で取り残された状態。ではなく、最も美しい状態に塩田千春が昇華するために「焼いた」のだろう。
塩田千春の優しさで心が締め付けられるようだった。黒い糸は成熟した大人の優しさの色のように感じた。濃い上等な黒色をしていて、シックで、都会的で余裕を感じた。グランドピアノが美しいのはツルツルの状態でもない、燃えすぎていない愛のある中間だった。
総括
現代アートとは誰もやっていなかった新しい組み合わせを考えたり、ポップでキャッチでエネルギッシュなものを追求していくものだと、勝手に認識していた。そうではないタイプの現代アートは、作家性と静謐性と理知に富み、一般人がコメントする隙さえ作らないエリートな世界だと思っていた。が、塩田千春はこのどちらでもなかった。一般人の日常性の延長上にアートがあった。分かりやす過ぎず、分かりにく過ぎず、最高の塩梅で、鑑賞者を迎えてくれた。とても良かった。