大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 16
反乱から二十日が過ぎようとした頃、那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は迂駕耶(うがや)が住む集落に到着していた。那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は着いたは良いが此処からどうすれば良いかに悩んでいた。
那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は人では無く奴婢である。奴婢が突然集落に入り王后に会いたいと言って会わせて貰える筈など無い。正妻がいれば何の問題も無い話ではあるが正妻は連れ去られてしまった。那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は草葉の陰に身を潜め農作業をしている人達を見やった。
「其れで…。どうする ?」
同士が問うた。
「近くに奴婢がいれば話やすいんだが…。」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は周りを見やる。だが、周りに奴婢らしき影は無い。
「此処に奴婢はいない見たいだぞ。」
「ああ…。だが、どうして人が農作業をしているんだ ?」
「分からない…。」
「聞いてみるか ?」
「冗談だろ…。」
「否…。私達には刻が無い。」
と、言うと那賀須泥毘古(ながすねびこ)は農作業をしている人の下に向かって歩き始めた。
「おいおい…。マジかよ。」
そう言いながらも同士達は那賀須泥毘古(ながすねびこ)の後をついていった。
テクテクと歩き那賀須泥毘古(ながすねびこ)は人の下に歩みより声を掛けた。人は那賀須泥毘古(ながすねびこ)を見やり首を傾げた。
「あ…。すまない。私達は五瀨…様の所から来た者です。」
「五瀨様の所から ?」
「はい。王后に伝言があるのです。」
「王后に ? 其れなら中に居る兵士に話をしてみては…。」
「兵士に ?」
「はい。集落の中に兵士がいます。」
「そうですか。」
那賀須泥毘古(ながすねびこ)は集落の入り口を見やった。
「どうしたんだ ?」
と、其処に男がやって来た。見慣れない那賀須泥毘古(ながすねびこ)と話をしているのが気になったのだ。
「あ〜。この者達が王后に話があるらしいんだ。」
「王后に ?」
と、男は那賀須泥毘古(ながすねびこ)を見やる。
「はい。私達は五瀨様の使いで王后に伝言を持って来たのです。」
「伝言 ?」
と、男は怪訝な顔で那賀須泥毘古(ながすねびこ)達を見やり"何が伝言だ。お前達は奴婢だろう。"と言った。那賀須泥毘古(ながすねびこ)は即座に否定したが男は信じなかった。
「五瀨様の使者がその様に汚い格好をしているはずがない。五瀨様の所から逃げて来た奴婢なんだろう。」
男がそう言うと那賀須泥毘古(ながすねびこ)達はお互いを見やり納得した。確かに五瀨の使いがこの様に汚いはずはない。だから那賀須泥毘古(ながすねびこ)は少し俯き真実を話す事にした。
「はい。私達は五瀨様の所から来た奴婢です。ですが、逃げて来た訳ではないのです。」
「白々しい…。まぁ、良い。私が兵を呼んで来てやるから待っていろ。」
と、言うと男はスタスタと集落の中に入って行った。
其れから暫く其処で待っていると中から数人の兵を引き連れた男が那賀須泥毘古(ながすねびこ)の下にやって来た。
「王后に会いたいと言うのは其方か ?」
男が問うた。
「はい。私は那賀須泥毘古(ながすねびこ)と言います。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)…。私は宇豆毘古(うずびこ)この国の将軍だ。其れで王后に話があると聞いたが ? 一体どの様な話なのだ。」
と、宇豆毘古(うずびこ)が問うたので那賀須泥毘古(ながすねびこ)は今迄の事を宇豆毘古(うずびこ)達に話聞かせた。が、勿論宇豆毘古(うずびこ)はそんな話を信じなかった。
「五瀨様と正妻は上手くやっていると聞いている。其れに正妻の政策は国力を高め国を豊かにしているそうではないか。」
「はい。その通りです。ですが、話した通り…。」
「黙れ ! 嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐け。王后を連れ出し何を企んでいる !」
宇豆毘古(うずびこ)は強い剣幕で捲し立てた。
「私は嘘など…。」
「もう良い。この者達を捕らえよ。」
と、宇豆毘古(うずびこ)が言ったので那賀須泥毘古(ながすねびこ)は咄嗟に剣を抜き近くにいた人をはがいじめにして剣を突きつけた。
「動くな !」
「本性がでたか。」
「違う。私は正妻を救わねばならない。私を王后の下に。」
「其れは叶わぬ。」
「こいつが死んでも良いのか ?」
「構わぬ。」
「か、構わぬだと…。」
「そいつは奴婢だ。」
と、宇豆毘古(うずびこ)は兵に那賀須泥毘古(ながすねびこ)以外の同士を殺す様に命令した。同士はアッと言う間に殺され那賀須泥毘古(ながすねびこ)だけが残った。
「何が目的かは知らぬがしっかり聞き出してやる。」
「全部話した通りだ。」
そう言うと那賀須泥毘古(ながすねびこ)は観念したのか人を解放して剣を手放した。
両手を縛られ那賀須泥毘古(ながすねびこ)は集落の中に…。其れを見やっていた左主の娘は"矢張りこうなりよったか…。"と迂駕耶(うがや)の下に向かった。
パタパタと走り迂駕耶(うがや)の下にやって来た娘は早速今見て来た事を話聞かせた。迂駕耶(うがや)は興味があるのかないのか分からない感じだったが、取り敢えず那賀須泥毘古(ながすねびこ)の下に向った。那賀須泥毘古(ながすねびこ)はトボトボと歩きながらも必死に考えている。だが、良い案は思い浮かばない。
「ほら、さっさと歩け。」
トボトボと歩く那賀須泥毘古(ながすねびこ)のお尻を蹴り飛ばし兵が言った。其れでも那賀須泥毘古(ながすねびこ)はトボトボ歩く。トボトボ、トボトボと歩いていると其処に迂駕耶(うがや)がやって来た。
「将軍…。其の者は誰だ ?」
迂駕耶(うがや)が問うた。
「大王…。」
と、将軍は頭を垂れた。
「王后に話があると聞いたが ?」
「はい。しかし余りにも話が…。」
「大王 ! どうか正妻を救って下さい。」
膝を突き那賀須泥毘古(ながすねびこ)が大きな声で言った。
「正妻 ?」
と、迂駕耶(うがや)は那賀須泥毘古(ながすねびこ)を見やる。
「はい。五瀨様の正妻です。」
「どう言う事だ ?」
と、迂駕耶(うがや)が問うたので那賀須泥毘古(ながすねびこ)は又同じ話を迂駕耶(うがや)に話し聞かせた。
「ふーむ。つまり、其方の早とちりの所為で娘(五瀨の正妻)がピンチになったと言う事か。」
話を聞き終わり迂駕耶(うがや)が言った。
「早…。ま、まぁそうです。」
「だったら心配には及ばぬ。五瀨も阿保では無い。ちゃんと話せば誤解も解けよう。」
「ですが…。あの二人の妻は侮れません。」
「其の者の言う通り少し心配ではあります。」
と、途中から話を聞いていた王后が言った。
「王后…。いつから其処に ?」
迂駕耶(うがや)が問うた。
「少し前からです。」
「そうか…。だが、考えすぎだ。其れに宇豆毘古(うずびこ)の言う通り敵国の罠かも知れん。」
「其の様な事は…。」
「無いと言うか。」
「はい。」
「なら、先ずは伝令を送り真相を確かめよう。」
「伝令を ?」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は戸惑った。確かに伝令を送り事の真相を確かめるのは正しき事である。だが、其の様な余裕はないし、五瀨は間違いなく誤魔化し通すだろう。そうなれば全ては闇の中である。
そんな事はさせない…。
だから那賀須泥毘古(ながすねびこ)は覚悟を決めた。両手を縛られ乍も兵から剣を奪い自らの喉に切先を突き付けたのだ。
「何をする気だ ?」
宇豆毘古(うずびこ)が問うた。
「正妻は私に王后を動かせと…。そして私を助けてと…。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)…。早まるな。真相を確かめる迄待て。」
迂駕耶(うがや)が言った。
「待てません。刻が無いのです。こうしている間も正妻は苦しんでいるかも知れないのです。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)…。其方は何故其処までして娘を助けようとするのです ?」
王后が問うた。
「正妻は私を人に戻してくれました。ただ、それだけです。」
「それだけで命をかけるか…。」
宇豆毘古(うずびこ)が言った。
「奴婢は人にあらず。だが、私は人だ。受けた恩は命に変えても必ず返す。正妻の為なら命などいりませぬ。」
そう言うと那賀須泥毘古(ながすねびこ)は喉に剣を突き刺した。
グッと歯を食いしばり、強い眼で王后を見やり乍ら那賀須泥毘古(ながすねびこ)は尽き果てた。
「天晴れだ。」
迂駕耶(うがや)が言った。
「はい。これ程の男は早々におりません。」
宇豆毘古(うずびこ)が答えた。
「其れで王后…。」
「分かっております。私は五瀨の下に向かいましょう。」
そう言うと王后は侍女に旅支度をする様に伝えた。侍女は直ぐに旅支度に取り掛かり、迂駕耶(うがや)は宇豆毘古(うずびこ)に百人の兵を連れて同行する様に命令した。其れから王后達が国を出たのは三日後の事である。
王后が国を出て直ぐに娘は鳩を飛ばした。鳩はパタパタと飛び実儺瀨(みなせ)の下に向かう。鳩は色々寄り道をしたりもするが二日もあれば実儺瀨(みなせ)の下に迄辿り着く。知らせを受けた実儺瀨(みなせ)はニンマリで臥麻莉と里井に其の報告を告げた。
「いよいよじゃか…。」
臥麻莉が言った。
「まったく、長かったじゃか。」
里井が言った。
「じゃよ…。ようやく此処まで来た。後は〆の杏仁豆腐じゃ。」
「其れで正妻はいつ殺すんじゃ ?」
里井が問うた。
「じゃよ。王后を殺す場所は決めておるが正妻はまだじゃ。」
「夏夜蘭(かやら)は両方殺せと言うておるんじゃろう。」
「じゃよ。じゃから殺しよるなら王后と一緒にじゃ。」
「殺しよるなら ?」
「夏夜蘭(かやら)が言うには王后が正妻を殺すと言うておる。」
「王后が ? まぁ、あの姿を見よったら一思いに…。じゃか。」
「そう言う事じゃ。兎に角眞奈瑛と樹莉奈に伝えてやらねばじゃ。」
「じゃな…。」
「じゃが、残念がりよるかもじゃ。」
「確かに…。眞奈瑛と樹莉奈はルンルンでやっておる。」
「身を削ぐ度に昇天しておるとか言うておったじゃかよ。」
「変態じゃな…。」
「じゃよ。」
と、三人が話している頃、眞奈瑛と樹莉奈はご飯の用意をしていた。其処に一羽の鳩が飛んで来た。ア国にいる別の娘が眞奈瑛と樹莉奈に飛ばした鳩なのだが、この鳩を飛ばした娘は眞奈瑛とお付き合いをしている娘である。
「夜糸呂(やしろ)の鳩じゃか…。」
樹莉奈が言った。
「じゃよ。ソロソロ会いたいの催促かのぅ。」
と、眞奈瑛はお手紙を読んだ。そしてガックリと項垂れた。
「どうしたんじゃ ?」
「はぁ…。」
と、眞奈瑛はお手紙を樹莉奈に渡した。お手紙を読んだ樹莉奈もガックリと項垂れる。
「とうとうじゃか…。」
「じゃよ…。ラスボスの登場じゃ。」
「はぁ…。楽しい時間も後一月じゃか。」
「みたいじゃ…。」
「じゃが正妻は喜びよる。」
「じゃな…。なら、正妻にも教えてやりよるか。」
と、二人はご飯を持って正妻の下に向った。
テクテクと歩き住居に着くと先ずは番兵に手作りのオヤツを渡す。番兵ほニンマリと笑みを浮かべ其れをパクリ。其れを見やり二人は中に入っていく。
中に入り二人は正妻を見やる。正妻はブルっと体を震わせ二人を見やる。テクテクと二人が近寄って来る。正妻は何か言いたそうだが声は出ない。逃げたいが其れも叶わない。何故なら既に腕は肘から下が無く、足は膝から下が無かったからである。否、正確にはかろうじて骨は付いていた。だから、無いと言う表現は間違っているのかも知れないが、其れを動かす肉は削ぎ落とされていた。
「正妻…。今日も楽しい時間の始まりじゃかよ。」
と、樹莉奈は隠し持っていた貝殻をスッと出し言った。正妻は涙を流しながら首を何度も横に振った。
「其の前に今日は良い話がありよる。なんとじゃ。王后が来よるんじゃ。」
「じゃよ…。那賀須泥毘古(ながすねびこ)が命と引き換えに王后を動かしよったんじゃ。」
と、樹莉奈は正妻を見やるが、既に正妻にとってはどうでも良い事だった。否、既に思考がぶっ壊れていたと言う方が正しいのかもしれない。幽閉されてから二十日。この間毎日行われる拷問に耐えられる程正妻の精神力は強く無かったのだ。
死にたくとも死ねず…。
悔やんでも慈悲は訪れない。
ただ言える事は…。
奴婢の為にこの様な苦痛を味合わなければならなくなったと言う事である。
そして今日も又地獄が始まるのだ。
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