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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 9

 五瀨は不機嫌である。
 理由は勿論正妻である。
 あの日、真実を知った正妻は戻って来るなり激しく五瀨を責めた。五瀨は終始正妻を宥(なだ)めたが正妻の機嫌は治る事なく、正妻は装飾品を投げつけ、服を脱ぐと其れも投げつけた。
「其方は人では無い。ただの裏切り者です。」
「おい…。良いから少し落ち着け。」
「落ち着け ? 落ち着ける筈が無いでしょう。あの様な光景を見てどう落ち着けと言われるのです。」
「だから、何回も言っているだろう。此れは国の為だ。」
「国の為、国の為と…。足首を切り落とす事が国の為ですか ? 少し休んだだけで死ぬ迄殴り続ける事が国の為ですか ? 中には腕を切り落とされた者もいました。手首足首を切り落とされ犬の様に歩いている者もいました。此れが国の為ですか。」
「あぁぁ、そうだ。反乱を起こさせぬ為だ。何回言えば分かる。」
「何回聞いても理解出来ません。」
「兎に角…。少し落ち着いてくれ。私も好きでやらせている訳では無いんだ。」
 と、五瀨は必死に宥めた。理解を求めても無駄である事を知っているからだ。だが、矢張り正妻の機嫌は治らないままだった。
 其の日から正妻は豪華な服も装飾品も付けなくなった。其れは妻達にも求め、妻達の目の前で焼き払った。五瀨は其れには何も言わなかった。こうなるだろう事は分かっていたからだ。だから五瀨は正妻が好きなオヤツを作り持って行った。少しでも機嫌が治ればと思ったからだ。
「貴方が ?」
 オヤツを見やり正妻が言った。
「あぁぁぁ…。」
 と、五瀨が答えると正妻は寂しい笑顔を浮かべ其れを食べた。
「私は…。私は…。」
「黙っていたのは悪かった。だが、分かって…。否、分からなくて良い。ただ…。」
「ただ ?」
「我慢してくれ。国が纏まれば解放する。」
「そう…。分かりました。」
 五瀨の言葉に正妻はそう言った。勿論五瀨は解放などする気は無い。ただ宥めたかっただけである。だが、其れは正妻も理解している。

 五瀨は解放などしない。

 だから、翌日五人の正妻と母上に書状を送ったのだ。此れは五瀨には内緒であり、正妻には内密にする様にと書いていた。だが、次男である武南方(たけみなかた)の正妻が其れを夫に告げていたのだ。
 武南方の正妻は非常に不機嫌であった。理由は勿論竹簡の内容である。奴婢に対しての扱いだけを咎めるだけならまだしも豪華な服を着る事も許さぬと言う内容に腹を立てていたのだ。武南方も流石に此れは行き過ぎた行動ではあると感じたが、正妻の様に腹を立てる事は無かった。逆に此の事を五瀨が知れば憤怒するのでは無いかと危惧した。
 武南方はすぐさま三人の兄弟に書状を送り正妻が旅立つその日に五瀨の下に行く様に告げた。武南方が伊波礼毘古(いわれびこ)に書状を送らなかったのは伊波礼毘古(いわれびこ)は先住民を奴婢としていなかったからである。
 四人の兄弟が訪れ五瀨に書状を見せると五瀨は予想通り憤怒した。自国の中でなら兎も角、其れを兄弟の正妻迄巻き込む等…。此れは五瀨にとっては良い恥晒しである。
「何たる事だ…。真逆其方らの正妻にこの様な物を送っていようとは。」
 竹簡を見やり五瀨が言った。
「今回の女会議の内容も此れについてだそうだ。」
 武南方が言った。
「母上が上手く取り持ってくれれば良いのだが…。」
 三男が言った。
「母上か…。まったく、とんだ恥晒しだ。」
 と、五瀨は不機嫌な顔で皆を見やった。
「まぁ、そう怒るな。兄上の正妻は鼻から反対だったんだ。」
 四男が言った。
「反対… ? 女が口を出す事では無い。其れに正妻たる服を着たく無いなら其れは其れで構わない。だが、其れを他に強要するは話が別だ。」
 五瀨が言う。
「確かにな。まぁ、それだけ衝撃的だったんだろ。」
「かもしれん…。」
「其れに兄上を責めに来た訳じゃ無い。此の事を知れば兄上が怒ると思って来たんだ。」
「どう言う事だ ?」
「許してやれ。と、言う事だ。私達は気にしていないし、咎めるつもりも責める気も無い。後は母上が上手くやってくれるさ。」
 次男が言った。
「だと、良いが。」
「まぁ、兎に角、今日は宴会だ。」
 と、話をササッと終わらせ兄弟達は五瀨の気分を変えてやろうと宴会の用意をさせた。
「おいおい…。そんな気分では…。」
「さぁ、兄上。今日は楽しく飲みましょう。」
 と、五瀨は兄弟の言うがまま皆を集め朝から宴会を始める事になった。
 正直な所気乗りはしなかったが気晴らしには丁度良かった。イライラとした気分が幾分かは解れる。兄弟達も五瀨の気が晴れる様にと周りを盛り上げた。
「所で…。伊波礼毘古(いわれびこ)はどうしたんだ ? 到着が遅い様だが。」
 酒を飲みながら五瀨が問うた。
「伊波礼毘古(いわれびこ) ? 伊波礼毘古(いわれびこ)は呼んでないぞ。」
 次男が答えた。
「呼んで無い ? 何故だ ?」
「あいつは先住民を奴婢にしていないからな。呼べば話がこむだろ。」
「確かに伊波礼毘古(いわれびこ)とは考え方が違う。だが、伊波礼毘古(いわれびこ)も私の弟だ。兄弟が集まるなら皆が集まらねばならん。」
「そうだな…。なら、次は呼ぼう。」
「だが、兄上…。伊波礼毘古(いわれびこ)の様な腑抜け、ほっておけば良いだろう。」
 五男が言った。
「腑抜けか…。確かに甘さは弱さだと私は常々言っている。」
「だろ…。」
「あぁぁ…。だが、伊波礼毘古(いわれびこ)は甘い男では無いぞ。伊波礼毘古(いわれびこ)は私達の様に先住民を奴婢にはしていない。周りから見れば媚びている様にも見える。だが、其の真は違う。」
「違う ?」
「そうだ。伊波礼毘古(いわれびこ)は先住民に上手く取り入り兵士として使うつもりなのだ。」
「ほぉ、兵士として ? 兵士の訓練を大将軍任せにしているのにか ?」
「あぁ、そうだ。其の意図は分からぬが伊波礼毘古(いわれびこ)は大王たる器のある男だ。」
「大王になるのは兄上だ。」
「其の通りだ。父上も既に高齢だからな。兄上が大王になるのも刻の問題だ。」
「馬鹿を言うな…。父上にはまだまだ頑張って貰わないとな…。」
 と、五瀨は立ち上がりオシッコをしに行った。
 そして二人の娘はツチノコをムシャムシャしながらニヤリ。
「中々の兄弟愛じゃな…。」
 酒を呑みながらボソリと言った。
「じゃよ…。」
「少しぐらい揉めよるかと思いよったんじゃが…。」
「逆に絆が深まっておる。」
「まぁ、武南方の正妻はプンプンしておるみたいじゃからOKじゃ。」
「じゃよ…。」
「さて、ソロソロ我の出番じゃな。」 
「これこれ…。ここは我に任せるべきじゃ。」
「何を言うておる我じゃかよ。」
「ムムム…。なら、ゲンコツメツブシじゃ。」
「良い…。」
 と、二人の娘は酒とツチノコを地面に置き拳を握った。
「行きよる…。」
「受けて立ちよる。」
 二人はジッと互いの顔を見やる。

 そして…。

「掌底、掌底、メツブシ。メツブシ、ゲンコツ、ゲンコツ。ゲンコツ、掌底、ゲンコツ。掌底、メツブシ、掌底。」
 と、最後の言葉に合わせてグーチョキパーを出す。
 勝負は互角であった。
「其方…。やりよる。」
「まだまだ甘いじゃかよ。次は我の番じゃ。」
 と、娘はニンマリと笑みを浮かべる。
「行きよる。ゲンコツ、ゲンコツ、ゲンコツ。」
 と、グーを出す。
「あ…あ〜。ま、負けてしまいよったじゃか。」
「フフフ…。弱い。弱過ぎじゃ。」
「ムムム…。三連続でゲンコツしよるか…。」
 と、話している所に五瀨が戻って来た。
「さて、行きよるか。」
「じゃな…。」
 と、二人の娘は五瀨の下にテクテク歩いて行った。
 五瀨は兄弟仲良く酒を飲みご機嫌さん。既に正妻との事は無かったかの様に上機嫌である。流石は兄弟と思える連携プレイで正妻との中を戻そうとしている。だが、此処に正妻はいない。如何に五瀨が正妻を許そうと、其れを正妻が受け入れるかどうかは又別の話である。と、二人の娘は兄弟を押し退け五瀨の両横に腰を下ろした。
「こらこら…。無理矢理入って来るでない。」
 と、上機嫌の五瀨が言った。
「ほったらかしにし過ぎですよ。」
「私達の相手もして頂かないと。」
「何を言っている。他の妻はちゃんと待っているぞ。」
「妻は妻。私は私です。」
「確かにそうだ。なら、私達も女を漁りに行くか。」
 と、武南方が言った。
「そうか…。気を使わせてすまぬ。」
「良いさ。兄上の機嫌が治ったなら問題無い。」
 と、兄弟達は席を離れて行った。
「さあさあ、其れでは飲みましょう。」
「良し。今日は飲み明かそうぞ。」
 と、五瀨が言うと二人の娘はニンマリと笑みを浮かべ五瀨に寄り添った。
 寄り添い話す内容は下らない話である。決して自分達から正妻の話はしない。ただ、五瀨が求める返答を返し、反対意見は述べなかった。其れはあたかも五瀨の考えが正しいと言わんばかりに、かつ上部の返答であると思われぬ様に自分達の考えを交え言葉を返す。だから、話は盛り上がり五瀨は非常に楽しい会話を堪能する事が出来た。すると自然と五瀨の口から以下の様な言葉が出て来るのである。
「まったく…。お前達は実に私を楽しませてくれる。正妻がお前達の様であればどんなに良かったか…。」
「何を言うのです。正妻は立派なお方。ただ、少し刺激が強すぎたのです。」 
 さて、此処からが腕の見せ所である。
「立派か…。気が強いだけだ。」
「かもしれませぬ。私達も見習わねば。」
「こらこら…。更に私を悩ますのか。」
「真逆…。でも、気の弱い女よりは楽しいはず。」
「そうか ?」
「そうです。其の証拠に正妻とは仲が良いではありませんか。」
「今は不仲だ。」
「今だけです。正妻も女会議でウサを晴らしてくるでしょうから、又仲の良い夫婦に戻れます。」
 と、二人の娘は決して正妻を悪くは言わない。
 相手を下げずみ自身を売り込む女は三流である。一流の娘は相手を褒め自身は一歩下がり話すものである。これがけなげな娘を見事に演出し五瀨に好印象を与えるのである。
「だと、良いんだがな…。」
「五瀨様の考えが必ず伝わりましょう。」
「伝わるか…。」
「はい。」
「どうやら、私は選ぶ正妻を間違えたようだ。其方等のどちらかを正妻にしていれば、私はどれ程幸せか…。」
「何をおっしゃいます。」
「否、其方等とはまだ日は浅いが分かる。其方等と話す度に私の心は其方等に奪われて行くのだ。私は…。」
「知っております…。」
 と、娘は五瀨を優しく抱きしめる。
「心を鬼(き)にせねば国は築けぬ。私とて辛いのだ…。」
「はい。過ちは繰り返せませぬ。」
「そうだ…。私達は守らねばならぬのだ。其の為の大国。無駄な刻は使えぬ。」
「はい。良く存じております。」
 と、二人の娘は酒を注ぎ、優しく寄り添う。五瀨は既に手の内であるが、勿論これで終わりでは無い。遠目から其の様子を見やっている娘達が動き出す。
 娘達は二人の娘とは逆に五瀨の正妻を下げずむ話をして回る。二人の娘はあくまでも正妻の味方である。此れは正妻を油断させ罠にかける為である。正妻を下げずむ娘達は正妻を孤立させるのが目的である。
 こうして娘達は本格的に動きだした。何より五瀨の気持ちが強く二人の娘に向いた以上正妻を良く思わぬ者達が増えた所で五瀨は其れを強く咎めたりはしなくなる。だが、武南方達兄弟は正妻との仲を危惧する事は容易に分かる。だから、妻として潜り込んでいる娘達が其れを上手く洗脳して行く。何より武南方の正妻は五瀨の正妻を心良く思っていない。娘達は此れも上手く利用する。そうする事で四人の兄弟の国の人々も五瀨の正妻を悪であると認識して行く事になる。其れはアッと言う間に飛び火して行き、後は嵌め落とすだけでとなる。
「いよいよ、始まりよる…。」
 宴に混じっている実儺瀨(みなせ)がボソリと言った。
「じゃな…。じゃが、そう簡単に行きよるんか ?」
 臥麻莉が問う。臥麻莉も同じく宴に混じっている。 
「人は得た贅沢を奪う者を激しく嫌いよる。まぁ、見ておると良い。」
「何を言うておる。我等左主初の大仕事…。見ておるだけでは勿体無いじゃかよ。」
「じゃな…。」
 と、実儺瀨(みなせ)は二人の娘を見やりニヤリと笑みを浮かべた。

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